木漏れ日の海 -18ページ目

木漏れ日の海

フィギュアスケートの羽生選手を応援しています。
プログラムの感想を中心に語ります。

「RE_PRAY」たまアリ 2日目の放送を見た。

 

放送を1回通しで見たうえでの印象だけど、2日目は初日より感情を開放した滑りに思えた。

 

前半は、なんだか鬼気迫る感じで、後半は心に迫ってくる感じ。

ヒリヒリとした痛みや悲しみを感じてしまう部分もあって・・。

それは、その後のことがあったから、それを勝手に加味してしまっているのかもしれないけれど・・。

 

初日も十分すごかったのだけど、初日の手ごたえを受けて、2日目はさらに開放し、ギアを上げてきたというか。

 

現地で見ていたときの自分の心境は、随分のんきだったと、今にして思う。

ひどい目にあっていたのに、そこには考えが及ばなかったというか。

 

当時は、無責任な一部メディアや一部の元ファンからひどいことを書かれたりしていたけど、ご本人たちはそれなりに幸せだと思い込んでいて。

 

時間がたてば変な中傷はなくなるだろうと、ひどくのん気な、ひょっとしたら他人事、傍観者の視点だったなと。

 

会場の雰囲気はあたたかかったから、ファンは羽生君のことが好きだし、その幸せを祈っている。

特に2日目の拍手と歓声はすごかったから、そういうファンの気持ちが伝わったかなと。

 

この時、羽生君が抱えていたであろう痛みに想像が及ばず、無頓着だった。

「RE_PRAY」2日目の放送を見ながら、そんな思いがチラチラとよぎった。

 

それにしても、そのスケートは凄みを増していた。

 

「鶏と蛇と豚」は、たった1日しか経っていないのに、ブラッシュアップされていたように思う。

振付のキレが増しているのだ。

 

そして、「阿修羅ちゃん」もSOIのときよりも凄くなっていた。

セルフコレオだけあって、ところどころ、ポージングや振付が進化していたように思う。

 

「Megalovania」はサンズの動きを模しているとネットで見た。

ということは、羽生君が演じているのはサンズなのだろうか。

そう思って見ると、敵役であるサンズの悲しみを感じる。

 

現地で見た時は、単純に勇者的なゲームのキャラクターを演じているのかなと思っていた。

それが、敵役のサンズを演じているとなると、全然違って見えてくる。

 

ゲームをプレイしていたときは、サンズは敵だったはずで。

それがサンズを演じるというのは、相手の立場や気持ちを慮り共感するという視点の持ち主にしかできないことではないかと思う。

 

そして、「破滅への使者」。

このプログラムは全く咀嚼ができていない。

畏怖さえ感じさせる凄みに圧倒されるのみで。

 

今までの羽生君のプログラムで、こんなに凄みに振り切ったプログラムはなかったのではないだろうか。

(近いものがあるとすれば「阿修羅ちゃん」かな)

 

そして、放送ではすぐに後半が始まった。

 

現地で見た時は、後半の迫力に、ただただ圧倒された。

 

「いつか終わる夢;RE」

「天と地のレクイエム」

「あの夏へ」

 

と続く流れに圧倒されて、別世界へ入り込んだような感じで。

 

「春よ、来い」で、なじみのある世界に戻ってきたようにすら思えた。

 

映像で見ると、2日目の後半は切ない。

あふれる悲しみに飲み込まれないように、光を求めているかのような。

(勝手にそう感じてしまっている)

 

映像で見ると、2日目は後半に向かって、力を出し切っているのが分かる。

 

「春よ、来い」のディレイドアクセルの高いこと。

アンコールの「SEIMEI」のキレ(このプログラムも、ブラッシュアップしているように思えた。どこまで高めるのか・・)

 

そして、「序奏とロンド・カプリチオーソ」。

最後の最後に、こんなに難易度の高い競技プロのステップシークエンスを持ってくる。

よく考えたら、すごすぎる。

 

最後まで本当に全力で、出し切った。

これが羽生君の真骨頂だと改めて思う。

 

とりとめのない感想になってしまった。

これからまた、繰り返し見るのかなと思う。

羽生選手、お誕生日おめでとうございます。

 

この1年も、本当に素晴らしいスケートをたくさん見せていただき、ありがとうございます。

 

今年の3月12日「notte stellata」冒頭で滑ったnotte stellata。

その美しさ、スケートに込められた愛情と慈しみに心底、魅了されました。

 

それをきっかけにブログを始めました。

今年からアイスショーに行ける環境になったこともあり、SOI横浜、ファンタジーオンアイス幕張、RE_PRAYたまアリで生の滑りを見ることができました。

 

見る度に深化する表現、ますます磨きがかかるスケート技術、プログラムや振付の斬新なアイデア。

とどまるところを知らない進化に、ただただ魅了されています。

 

「『職業 羽生結弦』の矜持」や「スイッチインタビュー」といったテレビ番組を通して、その思い、そして研鑽の一端を垣間見ることができました。

 

これだけの研鑽、これだけの思いを込めてスケートに取り組んでいること。

 

そして、昔も今もゆるがぬ「芯」。

スケートに込めた思い、見る人への愛情。

 

一歩もぶれることなく、スケートを大切に大切にしながら歩んできた道のり。

その先に今の羽生選手のスケートがあることを、ひしひしと感じています。

 

これからも、そのスケートの魅力をめいっぱい感じながら、見させてもらいたいと思います。

 

これからの1年も実り多い時間を過ごせますように。

思いが届きますように。

健康と心身の充実を祈っています。

「『職業 羽生結弦』の矜持」での羽生君の言葉で、とても印象に残ったものがあった。

 

「僕にしかできないことをする。アスリートであり、アーティストであって、エンターテインメントでもある。そこの極地みたいなところにフィギュアスケートというものを使っていこうとしている。」

 

羽生君がプロになってからつくづく感じているのは、「表現者」であるということ。

羽生君は、こんなにも「表現者」だったのだなと驚いている。

 

そこで、表現者とは何だろうかと考えてみた。

「表現したい」という気持ちは、どこから生まれてくるのだろう、と。

 

表現者であるためには、次のような要素・プロセスが必要なのかなと思う。

 

①表現したいものがある。

自分なりに見えている世界の姿がある。

その中でもとりわけ、人に紹介するに足る部分、美しいものや、心に響くものが見えていることが表現の第一歩。

 

②表現することに意味を見出す。

世界を見渡したとき、自分が表現したいと思うものを、自分が表現したいと思う方法で表現している人がいない。

ということは、自分にしかできないことなので、自分がやるべき。

表現することによって、人の心に彩りを増やすことができそうだという、意義を感じる。

 

③磨く。

人に見てもらうに足るものであるには、それがよくできていなくてはならない。

そのために技術を磨く必要がある。

己の全てをかけるぐらいの研鑽が必要。

 

④形にする。出力する。

心の中から湧き出るイメージを、磨き上げた技術力によって、目に見える形にする。

そして、それを世に出す。

人に見てもらう。

 

自分の内側に、こういった要素やプロセスを持っている人が、「表現者」なのかなと思う。

 

羽生君は「表現したいものがある」と言う。

そして、そのために努力を重ね、技術を磨き、多くの人に届けている。

 

プロへの転向は「表現者」としての羽生君を開放した。

競技時代に鍛えてきた胆力が、「表現者」としての活動を後押しする。

 

すごいものを見せてもらっているのだと思う。

「RE_PRAY」以降、すっかり「RE_PRAY」ばかりを見ている。

 

ファンの間でよく言われていることだけど、羽生君のスケートは「今」が最高。

常に最新の滑りが更新してくる。

 

もちろん、過去の滑りで大好きなものが沢山ある。

その時だけの素晴らしい滑り。

 

そして、それらがありつつも、「今」のスケートが最高なのだ。

 

「RE_PRAY」で久しぶりに披露された「天と地のレクイエム」。

ユーチューブで3月にアップされたけど、観客の前で滑るのは久しぶりだ。

 

このプログラムを見ていて、ふっと突然、「なんて心が綺麗なんだろう」と思った。

もちろん、技術やスタイルが美しいというのもあるのだけど、このプログラムからは羽生君の心がダイレクトに伝わってくるような気がするのだ。

 

その心がとても綺麗。

 

そして、圧巻の「あの夏へ」に続く。

この流れは、初見の現地でも震えたけど、何度見ても素晴らしい。

 

それにしても、今回「RE_PRAY」の中で個人的に繰り返し見ているのは、あまりジャンプが入っていないプログラムたちだ。

 

「鶏と蛇と豚」

「いつか終わる夢;RE」

「天と地のレクイエム」

「あの夏へ」

 

私はもともと、フィギュアスケートの要素では、ジャンプが一番好きだった。

もちろん、羽生君のジャンプが大好き。

羽生君のスケートを初めて見たときは、高難度ジャンプをこんなに美しく跳べる選手がいるなんてと、一目でファンになった。

 

にもかかわらず、今の羽生君のプログラムは、ジャンプがほとんど入っていなくても魅了される。

 

やがてジャンプが今のように跳べなくなる時が来ても、プログラムの世界観や表現力は、どんどん進化・深化すると思える。(あまり考えたくないけど、人生は有限なので)

 

なので、願わくば、羽生君にはできるだけ長くスケートを続けて、見せてほしいなと。

(勝手なイチファンの思いです)

 

それにしても、現地で見た印象だと、初日は少し抑えている(慎重に滑っている)ように思えて、2日目は全てを開放したような滑りだったような気がする。

 

録画を見ると、初日も十分キレキレなんだけど、2日目はさらにすごかったと思う。

 

2日目はアンコールのときのスタオベと声援もすごかったし、会場はあたたかく、かつ熱かった。(気温ではなく、みんなの気持ちが)

 

最新が最高という人なので、2日目の録画を見るのが楽しみだ。

「RE_PRAY」にすっかり魅了されてしまって、何度も録画を見ているのだけど、その中でもとりわけリピートしているのが、「いつか終わる夢;RE」。

 

たまアリ初日、現地で見たときは、冒頭の「いつか終わる夢-original-」との印象の違いに驚いた。

まったく別のプログラムであるかのような。

それぐらい違って感じられた。

 

そして、たまアリから帰宅して録画を見たら、「いつか終わる夢;RE」を滑っているときの表情に驚いた。

すごく気持ちが込められているように思えて。

 

それも、とても複雑な気持ちが込められているような気がした。

 

悲しいような、受け入れているような、切ないような、逡巡しているような、とまどっているような。

それでいて、この道を行くという決意を奥底に感じるような。

 

一つ一つの動き、ゆったりとしたワンストロークずつに、そういった複雑な気持ちが込められているように思えた。

 

「RE_PRAY」は、生(せい)のための残酷な闘いに明け暮れた前半と、その前半をふまえて違う道を選ぶ後半に分かれると思っている。

 

「いつか終わる夢;RE」は後半冒頭にあり、そこから歩む道を選びとる、もしくは示唆する位置にある。

次は、この道を行くという静かな決意を秘めたプログラム。

 

そしてその道は、まだ見ぬ未来につながっている。

そんな、ターニングポイントになるプログラムだったように思う。