現在、医師になるためには医師免許を取得していなけれ
ばならない。
医師免許を取得するためには医学部のある大学や医科大
学に進学し、6年かけて必要な知識を学び、それらの大
学を卒業したか卒業見込みの人のみに医師国家試験の受
険資格が与えられて、無事に合格すれば晴れて医者にな
ることができる。
平成29年2月に行われた第111回医師国家試験の合
格率は全体で88・7%というから、約9割の合格率で
ある(受験者数9618人に対し、合格者数は8523
人)。この合格率の9割という数字は毎年変わらない値
であるらしく、つまりは大学でみっちり勉強すれば医師
になる確率が極めて高くなるといえる。
さて、現代における医師への道はこのようなものだが、
官制の医学校を除き、実は明治になるまで医師の国家試
験に相当するものはなかった。
つまり、原則として誰でも医師になることができたので
ある。
なかには医学の知識が豊富な名医もいたかもしれないが
旗本や商家の旦那をパトロンとし、金を引き出させて生
活費として医師の看板を掲げる者もいたとされる。
落語や川柳には藪医者にもなることすらできない者とし
て「筍(たけのこ)医者」と称されることがあるが、玉
石混淆(こんこう)入り乱れていたのが江戸時代の医師
だったのではないだろうか。
江戸時代、医師は朝廷医(御所所属)、官医(幕府所属
)、藩医(各藩所属)、町医(開業医)の4つに大別さ
れたが、初期の医師には漢学の知識が豊富な僧侶が就く
ことが少なくなかったという。
江戸時代の医師の中に頭を剃った人物が見受けられるの
はこのことによるものなのだろうが、実はこれには異説
もあり、医師が高い身分になるときには僧侶の位をもら
うのが習わしだったことから、剃髪して僧侶のような恰
好になった人物もいたという。
なお、江戸時代の医師には頭髪を剃らず、総髪(髪の毛
をすべて後ろになでつけて垂れ下げたもの)や束髪(髪
の毛を束ねて結うこと)をしている者もいたが、束髪の
起源は江戸中期の名医・後藤昆山であるとか。