▶中野巽耀(たつあき)自伝2・旧UWFのスパーリング | ぐーすけとりきのブログ

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俺はスパーリングで藤原さんの胸を借りることが多かっ
た。藤原さんは相手の上に乗って、逃がして、極めに行
くというスタイル。関節を極めて一本取ったら、そこか
ら立ち上がってスタンドから再スタートするか、上に乗
ったまますぐにまた極めに行くかは、その先輩の匙加減
しだいだった。

四つん這いの体勢、アマレスで言うパーテールポジショ
ンは単純なように見えて、相手の攻撃をブロックしたり
切り返したりしやすい。

この四つん這いの相手の崩し方は、自分なりにかなり勉
強した。

当時、参考にしたアマレスの技術書と藤原さんの書籍「
スーパーテクニック」第1巻は今も自宅のトイレに置い
てあり、真剣に読まないまでも、毎日1ページずつ目を
通している。自分がまだ現役だということを脳にインプ
ットするためだ。

旧UWFに入門した当時、先輩たちとスパーリングをす
ると、極められっぱなしで逃げるのに精いっぱいだった。

毎回毎回、ボロ雑巾のようにされていたが、徐々に慣れ
てくると「このまま藤原さんとスパーリングを続けてい
れば、俺は強くなれる」という感覚を覚えるようになっ
た。

藤原さんと違って、前田さんの場合は何でも力任せとい
うか、“技術”で極めたり切り返したりするのではなく
パワーでねじ伏せるタイプだ。

関節技が極まっていることに気づかずに、そこからさら
に力を入れて極めようとして練習相手を壊してしまうこ
ともたびたびあった。そういうときは、藤原さんに「若
い者が壊れてしまうだろ!」と怒られる。

高田さんは抑え込むだけでなく、積極的に極めに行く攻
撃型タイプで、基礎的な体力も凄かった。当時、所属選
手一番練習量をこなしていたのは高田さんだったと俺は
言い切れる。

若手のころに佐山さんともスパーリングをしたことがあ
るが、これが少々厄介だった。グラウンドになったとき
に少しでも顔に触れると、佐山さんは突然キレて打撃の
雨を降らせてくるから、常に気を遣わなければいけなか
った。

佐山さんはずっと上に乗っているのではなく、一度極め
たら相手を逃がし、その動きに合わせて再び極めに行く
タイプで、スタイル的には高田さんに似ている。

のちの前田さんとの試合などを見て「佐山は本当に強い
のか?」を疑問を抱いているファンもいるようだが、こ
の当時の佐山さんは率直に強かったと思う。俺自身、胸
を借りていて非常に勉強になった。

84年9月には新日本プロレスにいた木戸修さんがゴッ
チさんの勧誘を受けて旧UWFに移籍し、道場にも来る
ようになった。

木戸さんには軽めのスクワットから入る独自の練習メニ
ューがあって、スパーリングの相手を務めるのはいつも
俺だった。

木戸さんがどういうタイプだったかというと、あまり積
極的には関節を極めにいかず上に乗っているだけ。極め
てくれれば、そこで体を離して一呼吸置けるのだが、ず
っと乗ったままなので、こちらはただただ苦しさだけが
続く。だから、木戸さんとスパーリングをやるときは気
が重かった。

木戸さんはいつも早めに道場に来て、早めに練習に取り
組み、早めにメシを食って、道場の外で日光浴をする。

マイペースで後輩や新人に対してもあまりうるさいこと
は言わず、スパーリング以外では嫌な印象はない。

コロッケが大好きで、昼メシにそれさえ用意しておけば
機嫌が良かった。あの集団の中では珍しくクセのない人
だった。