▶「武藤敬司35年の全記録」レビュー4・アメリカマットうらやます | ぐーすけとりきのブログ

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ヒールとして人気が上がっていくにつれ、武藤はアメリ
カのシステムに驚きを覚えた。

「桜田さんは、言うまでもなくオレより全然、先輩なん
だけど、にもかかわらず、メインにオレが出たらオレの
方が給料が上になったんだよ。

これにはビックリしたよ。

だって日本では考えられなかったからね」

日本ではトップ選手を頂上に、いわば年功序列で待遇が
変わる固定給制だった。

当時の新日本プロレスは、一試合のファイトマネーが決
まっており、シリーズ終了ごとに支払われるシステムだ
った。

仮に若手選手に人気が出て観客動員に貢献しても、その
プラスαが反映されることはなかった。

しかし、アメリカは違った。

各会場の観客動員でファイトマネーが変わり、キャリア
に関わらず興業の主役であるメインイベンターに最も高
額の報酬が与えられた。

日本は、あらかじめ決められている「格」がすべての世
界だった。

しかし、アメリカは、観客を呼ぶ「実力」があれば、誰
もが成功するチャンスに恵まれた。

デビュー二年目で「格」に縛られた日本マットを離れ、
アメリカマットの「自由」な空間を体験したことが武藤
敬司のプロレスラーとしてのスタイル、思想を決定づけ
た。

「これは、オレの中で凄いフレッシュだった。

そっからオレのプロレスの思想というか原型が生まれた
よな。

それがなくて日本だけの封建的なところにいたらつまん
なかったよな。

米国の合理的なシステムがうらやましくなってね。

いいところに出たらギャラが上がる。

パーセンテージでやっているから、メインがいくらとか
すげぇ合理的で、先輩後輩もない。

この解放感がたまらなったよ」