▶吉宗は城下町に繰り出さない・「余の顔を見忘れたか」というウソ | ぐーすけとりきのブログ

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徳川吉宗といえば江戸幕府の8代将軍であり、一般には
名君のイメージが保たれている。

史実でも吉宗は将軍という地位にありながらも質素倹約
の生活を送り、享保の改革で米価や物価の安定政策、
貨幣政策を行って幕府の財政を安定させたことで知られ
る。

多くの人たちにとって吉宗はテレビドラマの「暴れん坊
将軍」のイメージが強烈なのではあるまいか。

「暴れん坊将軍」での吉宗は、庶民に扮装して町民仲間
と悪事を暴き、罪人たちを成敗するのだ。

だがこれらは史実とは大きくかけ離れた創作である。

この時代に、将軍がお供もつけずに街中を1人で出歩く
ことは防犯上ありえない事なのだ。

その上、悪人相手の大立ち回りを演じるなどあるはずが
ない。

吉宗は庶民の要求や不満を直接訴願の形で募るための目
安箱を設置したり、目安箱の投書から貧しさや病気に苦
しむ者の救済を目的とした小石川療養所を設置したりと
庶民思いであったことから、このような話が作られたの
だろう。

「暴れん坊将軍」のウソをもう一つ。

吉宗がクライマックスで「余の顔を見忘れたか」という
シーンがある。

悪役の多くは大名家の家老か旗本、大名自身のこともあ
る。

家老が将軍の顔を見るチャンスは将軍が大名家の江戸屋
敷にお成りになって玄関先で平伏する時ぐらい。

旗本は正月や節句の際に会うことはあっても御簾(みす
)越しにやはり平伏。

大名も挨拶できても御簾越しで平伏なのだ。

だからドラマでの悪者たちは、吉宗にそう言われても誰
もが吉宗の顔なぞ見たことはないのだ。