▶言葉が通じないことから生まれたサッカーのレッドカード | ぐーすけとりきのブログ

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サッカーの試合で
主審がイエローカードや
レッドカードを出すようになったのは、
1966年に開催された
ワールドカップ・イングランド大会
準決勝、
イングランド対アルゼンチン戦が
きっかけだったといわれている。

この試合は
ラフプレイの絶えない
大乱戦となった。

アルゼンチンの
アントニオ・ラティン主将が
退場宣言を受けた際、
ドイツ語しか解さない主審に
スペイン語の通訳を呼ぶよう
要請。

ところが、ラティンが
審判を威嚇していると
誤解されてしまう。

結局、線審を務めていた
イギリス人、ケン・アストンが
スペイン語を話せたため
仲裁に入り、事態は終息した。

言葉が通じなくても
理解できる合図の必要性を
痛感したアストンは、
誰でも理解できる信号をヒントに、
警告なら「黄色」
退場なら「赤」の
紙を出すことを考案。

これが1968年の
メキシコ五輪で採用され
ワールドカップでは1970年の
メキシコ大会から
正式に導入された。