西崎に欠けている点は、クリエイターが、代替えがきかないこ
とを、まったく理解しないことだった。さすがに、最初からヤマ
トに関わってきた松本や藤川やぼくなどの功績と才能と貢献度は
おぼろげながら判っていたらしい。しかし、それと同程度の才能
を持つクリエイターが、他にもたくさん、どこかにいると思いこ
んでいた節がある。だから、劣悪な条件で、言葉巧みにクリエイ
ターを利用しようとしたのだろう。得た利益のわずかでも、クリ
エイターに還元しておきさえすれば、次のプロジェクトでは、恩
義に感じたクリエイターが、進んで参加するはずである。この世
界、今も義理人情で動いている部分が少なくない。
トに関わってきた松本や藤川やぼくなどの功績と才能と貢献度は
おぼろげながら判っていたらしい。しかし、それと同程度の才能
を持つクリエイターが、他にもたくさん、どこかにいると思いこ
んでいた節がある。だから、劣悪な条件で、言葉巧みにクリエイ
ターを利用しようとしたのだろう。得た利益のわずかでも、クリ
エイターに還元しておきさえすれば、次のプロジェクトでは、恩
義に感じたクリエイターが、進んで参加するはずである。この世
界、今も義理人情で動いている部分が少なくない。
しかし西崎は、それをしなかった。西崎と対照的な人物が、角川
春樹である。のちに、ある嫌疑を受けて、収監された点では、西
崎と似ている。その嫌疑の当否は、ここでは論じない。
しかし、角川からは人が離れなかった。森村誠一はじめ、多くの
常連執筆者が、角川を見離さなかった。ぼくも同じである。かつ
て、角川書店の編集者とトラブルになったことがある。ぼくは若
かったから、角川本人をどなったことがある。たしか、一寸の虫
にほ五分の魂、二度と付き合うか、と大声で叫んだものだった。
ふつうなら、それきりになって、角川書店の仕事を失う場面だっ
た。だが、角川春樹は、誠心誠意、問題の解決に努力してくれた。
このことを、ぼくは、今でも恩義に感じている。したがって、角
川が、角川春樹事務所を立ち上げたときは、ぼくも、ハルキ文庫
に協力させてもらった。
西崎は、あたかも人を消耗品のごとく扱った。この点が、角川春
樹とは大違いだった。
また、角川春樹には、伯楽としての才能があった。伯楽とは、
古代中国の周時代の人物で、名馬を見分ける名人だったという。
そこから転じて、才能のある人物を登用する意味で使われるよう
になった。角川は、編集者として、多くの作家を育てたばかりで
はない。角川映画を立ち上げた際には、薬師丸ひろ子を、原田知
世を売り出した。多くの反対があったらしいが、大きな人気を博
した。世