「宇宙戦艦ヤマト」の最初の小説版は、朝日ソノラマから刊行さ
れた。テレビとは異なるとはいうものの、読者の反応はきわめて
好いものだった。アイデアをつぎ込んで、エンターテイメントと
して完成したものを目指したからだ。
れた。テレビとは異なるとはいうものの、読者の反応はきわめて
好いものだった。アイデアをつぎ込んで、エンターテイメントと
して完成したものを目指したからだ。
ただ、最初のノベライゼーションの豊田有恒原案というクレジッ
トを、西崎は、のちのち目障りだと感じるようになる。なぜなら
それから後のヤマト・シリーズは、関連商品も含めてすべて西崎
義展原案というクレジットになるからである。最終的には、西崎
は、この最初の小説版の増刷を求められた際、拒否するまでにな
るのだが、これはのちの話である。
こうした作品のクリエイティビティの著作権に関しては、いろい
ろ難しい問題が起こりうる。業界で有名になった例では、マンガ
「キャンディキャンディ」に関する裁判沙汰がある。原作者の水
木杏子とマンガ家のいがらしゆみこの間で、訴訟にまで発展して
しまった。「エイトマン」の原作平井和正、マンガ桑田次郎のよ
うに、はっきりと職掌が分担されていれば問題は起こらない。
しかし、ヤマトの場合は原作があって始まった企画ではないから
より複雑である。ぼく(豊田)は、本人に対してもいつも同じ表
現を使っているが、“おおよそ”松本零士原作だと言い続けてい
る。ぼくは、絵、キャラクターには、まったく関わってないし、
人物設定とも関係ない。従って、SF原案とでも呼べば、だいた
い順当な役割だろう。著作権となると、戦艦大和を使うとしたこ
とも含めて松本がほとんどということになるが、ぼくが仮に20
%とすれば、藤川圭介が10%、山本暎一が10%など、法的に
は解釈が分かれるだろうが分割するわけにもいくまい。四捨五入
かどうかしらないが、やはり松本をもって“おおよそ”著作権者
とするのが妥当なところだろう。こうした裏事情に詳しくない一
般のファンの認識でも、「宇宙戦艦ヤマト」は「銀河鉄道999
」と並ぶ松本零士の代表作という位置づけだろう。
また、視点を変えて、ヤマト成功の貢献度ということで言えば、
作曲家の宮川泰の役割も巨大である。
西崎が果たした役割は、あくまでもプロデューサーであり、クリ
エイティブな部分とは関係ない。西崎はもともとはSFにもアニ
メにも詳しくなかったから、知り合った頃はまだしも謙虚だった
が、やがて自分だけで作っているかのように錯覚し、次第に傲慢
になっていく。