そもそも、相撲興行の目的は、寺社への寄進を募る「勧進」に
あった。
それが、18世紀中頃になって営利目的に変わるとともに、興行
を主催する「相撲会所」が創設された。
今の日本相撲協会に当たる組織だ。
その組織を運営するためにおかれた役職が、「年寄」である。
「年寄」の役目は、現在の「親方」と同じく、相撲部屋を持って
力士を養成することにあった。
以来、それまで大名のお抱えであった力士は、「年寄」との間に
師匠と弟子の関係を結ぶことになった。
相撲界の部屋制度は、そこに始まっている。
現在、「年寄名跡(みょうせき)」と呼ばれるのは、江戸時代から
連綿と継承されてきた年寄のことで、音羽山、玉垣、出来山、間垣
などがある。
この「年寄名跡」が「年寄株」と呼ばれる場合は、大相撲における
興行専売権を意味する。
1927年に東京相撲と大阪相撲が合併して日本相撲協会になった
時点での年寄株の数は、105。
現役を引退した力士が年寄として協会に残るためには、それらの
年寄株を手に入れなくてはならない。
ちなみに、相続のできない「一代年寄」は、優勝32回の大鵬と
24回の北の湖に認められている(31回の千代の富士は辞退)