00年5月24日、みちのくプロレスに平はプロレスラーとして
デビューした。
小学生の頃に抱いた夢に向かい、練習した日々。
ここで平は現実の厳しさを思い知らされる。
プロレスラーの凄さ。
ファンから見れば、大きな肉体や基礎体力、華麗な技に目が行き
がちだが、実際に練習して一番つらいのは受身だという。
格闘技であれば、基礎体力と技術が身に付けばデビューできる。
だが、プロレスには受身という最終関門がある。
プロレスの受身は格闘技の受身とは比較にならない熟練度が求め
られる。
有望な練習生であっても、受身で挫折するケースは多い。
投げられる角度や頻度。どんな体勢、どんな状態で投げられよう
とも、受身が取れなければ怪我をしてしまう。
平は、こんなことを平然とやっているプロレスラーに、敬意を
抱く。
ロープワークも見るとやるとでは大違いだった。
「プロレスは八百長だ」という人たちがよく槍玉に挙げるロー
プワークだが、実際にやってみると、もの凄く難しい、ことが
わかった。
リングのどの位置からでも、同じようにロープに飛び、戻って
くる。
ロープまでの距離が変われば、当然、歩数が変わる。
走り幅跳びでも、歩数が合わなければ上手く踏み切れない。
加えて、ロープに当たる感覚を身につけることにも苦労したと
いう。
ロープの中心には太いワイヤーが入っている。
誤った距離感でぶつかると、肋骨にワイヤーが直撃する。
全力で走ってロープに飛ぶプロレスラー。一つ間違えば、即怪我
ろすることを当たり前のようにこなす凄み。
実際に教えてもらったプロレスの基礎はもの凄く難しく、平は
四苦八苦していた。
★
プロレスの練習に没頭していた99年秋、平は佐山と偶然出あった。
「今度プロレスに出るんですが、ロープワークに苦戦しているんで
す」
佐山はニコニコしたまま、ロープワークを教えてくれた。
「ロープワークは簡単だよ。“トントントン”で戻ってくればいい。
簡単簡単」
周りの誰も、佐山の言葉の意味がわからない。でも平は瞬時に理解
した。
佐山の教えは、歩数を考えないでただリズムを取れ、ということだ。
最初のトンで走り出し、次のトンでロープを見て、最後のトンでロ
ープを背負って戻ってくる。
タイミングだけ取れれば、距離は自然と合っている。
何度やってもうまくいく。
「やっぱりタイガーマスクは天才だ」、平はただ感動した。
★
みちのくプロレスでのデビュー戦が決まり、レフェリーとして
リングスの会場に行った時のことだ。
平は試合開始前、リングサイドにいる前田に挨拶に行った。
前田は70%くらいのゴンタ顔になった。
「平、オレは情けないぞ。お前、本当にみちのくプロレスに出る
のか」
この時、リングスのスタッフは顔面蒼白状態だったらしい。
やばい!と誰もが焦っていた。
だが、平にはそれを気にするよりも重要な別のミッションがあった。
「前田さんにお願いがあるんです」
前田からゴンタ顔が消えた。この雰囲気を察知したら、お願い事
をする馬鹿はそういない。
だから、肩透かしを食ラったように思わずゴンタ顔から素に戻った。
「実はプロレスデビューする時に新しい技を考えたんです。それで
その技を前田さん公認にしていただけたら、と。
実はキャプチュードに新しい工夫をしたんです」
もちろん、キャプチュードは前田のプロレス時代の代名詞的な技
であり、入場曲の曲名も『キャプチュード』だ。
「どう考えたんだ」
面倒くさそうに前田が聞いてくる。
「相手の足を抱えて投げる時に、一緒に相手の腕を抱えて受身を
取れなくします」
「それ、どうやるんだ」
何故か前田は技について質問してきた。
「相手の蹴り足をキャッチして下にもぐるように足を持ち替えます。
その時に同時に相手の手首も掴むんです」
身振り手振りを加えながら、前田日明を相手にリングスの試合会場
でプロレス技の実演をする。なんと素敵な光景だろう。
「それで、この技の名前を「新キャプチュード」にしたいんです」
「おお、えいぞ」
早く終わらせたいと、思ったのだろう。さらに面倒くさそうな声
でそう言った。
結局、技の名前だけでなく、最後は前田の公認印までもらった。
「平、俺な、昔プロレスで考えてまだ使ってない技があるから、
それ今度教えてやるぞ」
前田公認の技、佐山に教えてもらったロープワーク。
平は、かつて心から憧れた2人から、プロレスの宝物をもらった。
そして短期間だがプロレスを経験したことで、歪んだ愛情は本物
の愛情になった。
平は、プロレスがまた大好きになることができた。