■「UWF外伝」平直行レビュー9:チームアンディ・最高の引退試合              | ぐーすけとりきのブログ

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時代が変わろうとしていた。

総合格闘技は徐々にルールが整備され、競技として認められるよ
うになった。97年10月にヒクソン・グレイシーvs高田延彦
戦を行うために立ち上げられたPRIDEはその後徐々に人気を
集め、00年には東京ドームでトーナメント形式の「PRIDE
GP 2000」を開催している。

総合格闘技は決められたルールの中で、技術を競い合う時代に
突入した。

街の喧嘩のような何でもありは時代に合わなくなっていった。

97年7月20日、名古屋で行われた「K-1 DREAM97」
でアンディ・フグは極真空手から初参戦したフランシスコ・フィリョ
にKO負けを喫した。

たった一発で相手を沈めたフィリョのパンチは、これ以降格闘技
界に「一撃」という流行語を生んだ。

それからしばらくして、アンディは活動の拠点を東京に移した。

高田馬場のカフェテラスで、ドリンクを飲んでいるアンディを
よく見かけることがあったという。

アンディの東京での練習初日。平は緊張しながらその場にいた。

「一緒に練習に参加してもいいですか」

平は無理を承知で頼んでみた。

トップスターのアンディと一緒に練習すれば、間違いなく強く
なれる。

身近にK-1のチャンピオンがいるのだから、ダメ元でも頼まない
理由はない。

平は、このチャンスを逃したくなかった。

もちろん練習に参加するだけでなく、雑用でもなんでもやるつ
もりだった。

ヘビー級のアンディと比べると、平はせいぜいスーパーミドル級
だ。

練習で潰れないようにしなければいけないし、何より必死にやら
ないとお荷物になってしまう。

だから緊張しながら頼んだのだ。

アンディはにっこり笑った。平の心配は杞憂だった。

「当たり前じゃないか。ちょうど新しく東京で練習を始めるメン
 バーが必要なんだ。一緒にやろう」

そう言って思いっきり力強い握手をしてきた。

          ★

アンディが披露した空手のテクニックは、非常に洗練されていた。

まず完全に守りを固め、自分は動かずに相手を動かす。

相手が動くことで生まれる隙を逃さずに打撃を放つ。

平がカーリーの教えを伝えるまでもなく、アンディはグレイシー
柔術と同じ攻め方を身に付けていた。

「極真時代からそうやって闘ってきた。

 K-1のリングに上がった当初は、闘い方がわからないから
 苦労したんだ。

 でも試合を重ねて経験を積むとデータが集まる。

 それをもとに闘い方をうまく変えれば、試合で何がおこるか
 わかるようになるよね。

 だから今は試合が楽しいよ」

極真からK-1のリングに移った直後は、まだ闘いのデータが
ないから苦戦した。

それを乗り越えると、アンディのK-1におけるテクニックは
一気に完成されていった。

00年8月24日、アンディが亡くなった。

急性白血病による突然の死だった。

スイスから日本の病院に移送されたが、遅かった。

平の心にはぽっかり穴があいた。

しばらく何も手に付かず、00年は試合のリングに上がることも
なかった。

             ★

02年、平はシュートボクシングで引退試合をやらせてもらおう
と決めた。

「ウチで試合しないか?」と言ってくれたシーザーの屈託のない
笑顔にやられた。

22歳の時にデビューしたリングに38歳の自分が戻り、引退する。

嬉しいことに、ずっと彷徨っていた平にも帰る家があったのだ。

懐かしい後楽園ホールでの引退試合が始まる。

若き日に、何度もUWFを見に行って憧れを膨らませた場所。

シュートボクシング時代、数え切れないほどこのリングに上がり、
たくさんの思い出が詰まっている場所。

自分に一番馴染んだこの会場で引退できる喜びを感じる反面、

平は体が限界に達していることを痛感していた。

長い格闘技人生で、ブリッジも満足にできなくなっていた。

           ★

最後の相手として対角線上に立つのは、オランダのキックボクサー
ネストー・ジンメルマン。

ゴングが鳴る。

すぐにジンメルマンに組み付いた平は、そのままバックドロップで
投げた。

それを含め、1Rで3回もバックドロップを綺麗に決めた。

ボロボロの体は、バックドロップなどできないはずだったのに…。

困惑するジンメルマン。平もまた「どうしよう」と思っていた。

打撃の試合でバックドロップを繰り出すと、体力の消耗が激しい。

インターバルでコーナーに戻った時には、体力を消耗しきっていた。

「平、動きすぎだ。次のラウンドは少し流せ」

主催者のシーザーが駆け寄り、真剣な表情で平に言った。

だが、ムクムクと湧き出るへそ曲がりな心。

「いくな」と言われたらやっぱり全力でいってしまう。

平は2Rでフグ・トルネードをやろうと決めた。

かつてアンディがマイク・ベルナルドをこの技でKOした、後ろ
回し蹴りで相手の太腿を狙う大技。

アンディと一緒に練習したことはあるが、試合で使ったことは一度
もなかった。

徹底したプロ意識の塊だったアンディのように、平は疲労困憊だか
らこそ、一番難しい技をやろうと思った。

いちかばちかの一撃は、物の見事に決まり、相手の太腿に平の踵
がのめり込んだ。

少しして、ジンメルマンは崩れ落ちるように倒れた。

再び立ってきたが、明らかに戦意を失っている様子。

そして、相手の体に組み付いた平は自然とバックドロップを放って
いた。

それも、トップロープを超えて、リングの外へ。

エプロンに投げ落とされたジンメルマン。

想定外の展開に一瞬息を呑み、ざわつき出す観客。

何の技?アクシデント?反則?……

ざわざわが広がっていく最中、平は大げさに両腕を回し、客席に
アピールした。

相手のセコンドから白いタオルが投げ込まれた。

リングに戻ったジンメルマンの顔には「こんな頭のおかしいヤツ
と試合などしたくない」と書いてあった。

平は格闘家として観客の心を動かし、最後の試合で勝利を収めた。

最高の引退試合だった。