▼2 トルストイは家出中に急死した | ぐーすけとりきのブログ

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ドストエフスキー、ツルゲーネフと並ぶ19世紀ロ
シア文学を代表する小説家であり、非暴力主義を
唱えた思想家としても知られるトルストイ。


生前から世界中の文学者や思想家から尊敬されて
いたトルストイだが、その死因は家出中の急死で
あった。


裕福な伯爵家の4男として生まれたトルストイは、
2歳の時に母親を、9歳の時に父親を失うという
不幸はあったものの、親から広大な農地を相続し
34歳の時に結婚したソフィア夫人との間には
9男3女をもうけ、物心両面で満ち足りた生活を
送ることができたはずであった。


しかし、熱心なキリスト教徒であり博愛主義者で
あったトルストイは、農地解放をはじめとして、
教育、宗教、政治に関わる運動に力を注ぎ世界的
名声を得た一方で、その極端な思想と影響力から
ロシア政府から危険人物とみなされ、ロシア正教
会からも破門されてしまう。


そして1910年、召使いたちにかしずかれる
贅沢な生活を恥じ、夫人との不和にも悩んでい
たというトルストイは家出を決行する。


しかし、鉄道で移動中に悪寒を感じ、途中の小さな
駅で下車。


一週間後の11月20日、トルストイは同駅の駅
長官舎にて肺炎により死去した。


妻との確執がトルストイの家出の原因のひとつだ
ったことにより、トルストイの妻ソフィアは、ソ
クラテスの妻クサンティッペ、モーツァルトの妻
コンスタンツェと並び「世界三大悪妻」のひとり
に数えられている。


しかし、実際のソフィアは極めて家庭的で、堅実
な女性だったともいわれている。


たくさんの子供を産み育てた母親の立場からすると、
家庭よりも自分の理想ばかりを追い求める夫につい
ていけなかったというのが実情だろう。