お笑いタレントであり、世界的な映画監督でも
あるビートたけしにとって、売れない時代を
支えてくれた妻(幹子夫人)の存在は大きい。
たけしは、照れながらもことあるごとにそれを
述べている。
しかし、幹子夫人がどのような人物かというこ
とは、あまり世間には知られていない。
実は、幹子夫人も、若い頃に漫才師をやっていた。
大阪出身で、元々お笑いが好きだった幹子夫人は
「音楽ショウ(音楽を使った演芸)」で人気を
博した「ピンアップトリオ」のメンバー、ピンアップ
敦子の弟子となり、「渚ミキ・ミワ」という漫才コン
ビで活動。
のちに、内海桂子・好江の弟子になり、「ミキ&ミチ」
という漫才コンビを組んでいた。
幹子夫人は自分が漫才師であったからこそ、お笑いに
対して理解が深い。
たけしの才能を早い時期から見抜き、1980年に
結婚することになった。
80年代の人気番組「オレたちひょうきん族」の
なかで、たけしとともに夫婦漫才を披露したこと
もある。
紆余曲折はあるが、結果的にはたけしの浮気に
対しても寛容だった幹子夫人。
浮気も「芸の肥やし」になるという昔ながらの
価値観を幹子夫人が理解していたからこそ、
現在に至るまでのたけしの活躍があるのだ。