江戸時代に出された法令の中でもっとも有名なものの一つが
「生類憐れみの令」であろう。この法令は5代将軍・徳川綱吉に
よって1685年頃から出されたもので、綱吉の21年におよぶ
在位期間中、60回も発令されたという。綱吉の気まぐれな法令と
いっても過言ではあるまい。
この法令で保護の対象となったのは犬をはじめ、猫、鶏、牛、
馬、亀、蛇など多岐にわたる。魚介類もその対象で、生きたまま
売ることが禁止されたため、ウナギやドジョウをあつかうことも
できなくなった。
生類憐れみの令において、多くの保護規定が出されたのは犬に
関することだった。これは「犬公方」とも呼ばれた綱吉の意向を
反映したものであるが、法令違反者に対する罰則はかなり厳しく
家来が犬に噛み付かれたためその犬を切り殺したところ、切腹を
命じられた藩主がいたり、銃で鳥を撃って商売していた与力や
同心らはそれが発覚したため、11人が切腹を命じられたほか、
子供も流罪に処せられたほどである。(夏のよにうるさい蚊を
たたいて島流しになったという例もある)
そんな状況であるから、誰も犬に近寄らなくなり、エサをやる
こともなくなったため、野良犬が増えてしまう。対策に困った
幕府は、当時は田園風景が広がっていた江戸近郊の中野や喜多見、
四谷などに犬小屋を設け、そこで犬を飼うことにしたのだった。
中野の犬小屋は16万坪もの広大な敷地に築かれたもので、収容
された犬の頭数は8万2000匹、年間の餌代は9万8000両
にもおよんだというから驚きである。現在のお金に換算すると、
餌代は数十億にもなり、しかもそのお金を工面したのは江戸の
住民だったのだ。
このように、「悪法」の異名を持っていた生類憐れみの令だった
から、綱吉が「この法だけは自分の死後も存続させるように」と
言い残したにもかかわらず、死後10日ほどで廃止されることに
なった。