◆ドイツで発見!西郷隆盛はこんな顔だった | ぐーすけとりきのブログ

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 西郷隆盛は生前、一枚も写真を撮らなかった。というのが歴史
の定説である。「西郷が写っている」という写真は幾度か発見
されたものの、すべて事実でないことが証明されてきた。


 しかし今「これこそが本物の西郷だ」と思わせる写真の存在が
明らかになり密かに話題になっている。


 写真の持ち主である、静岡県在住の元英語教師・西村勝利さん
(66歳)が証言する。
「この写真は以前、ドイツ系アメリカ人の友人が見せてくれたもの
です。ドイツで祖父の遺品から見つけたそうで、添付された
古いメモには、写っている人の名前が書かれている。そのなかに
「SAIGO TAKAMORI」とあったんです。しかも写真では鼻筋の
スラッとした醤油顔、いままでの西郷さんのイメージと全然
違うもんだから、これは大変だ、と手が震えました」


 画像をUPできないのがもどかしいが、この写真の西郷は、我々
の知っている西郷どんの肖像画(これもUPできないのが歯がゆ
いが)と眉の太さも目の大きさも異なる。だが、そもそもこの
肖像画が「本人とは似ても似つかない」ということは歴史通の
間では有名だ。


 当該肖像画は、西郷の死後にイタリア人キヨソネが描いたもので
キヨソネは西郷本人と面識がなく、弟の西郷従道と従兄弟の
大山巌の顔立ちを合成して肖像画をこしらえたのである。


 この肖像画をもとに作られた、上野の西郷像の除幕式に出席し
た西郷隆盛の第二夫人は「あんな顔ではなかった」とつぶやいた
という。


 もちろん異論はある。しかし、西村さんに写真を託したリチャー
ド・ヘルムさんの祖父ジュリアス・ヘルムさんの遺品を調べ、
ジュリアスさんの日記を発見したことで、写真の信憑性が一気に
高まった。日記には、写真を撮影した時の様子がこう綴られている。


「1874年3月、東京の政府から上京するように連絡が入った。
陸軍省に招かれた際、軍の重鎮がいるので、記念撮影をした。
和歌山で陸軍を創設するにあたり、西郷従道とは面識があった
ので、その兄を紹介してもらった。兄は昨年11月に鹿児島に
帰っていたが、従道がすぐに台湾にいかなければならなくなり、
台湾の状況を聞くために上京してもらったそうだ。従道が兄に
たったままでいいのかと尋ねたが、座るとお尻が痛くなると答えて
一同が大笑いしていた」


「座るとお尻が痛くなる」の一文は重大な意味を持つ。西郷南州
顕彰館の館長・高柳毅氏が言う。
「西郷隆盛は、若い頃にフィラリア症に感染しているんです。
その後遺症で睾丸が異常な程膨(ふく)れ上がってしまった。
馬に乗ることはあっても、長時間はとても耐えられなかったよう
です」


 歴史の教科書に、キヨソネの肖像画ではなくこの写真が載る
日がくるかもしれない。



                   週刊現代 14年11月22日号より抜粋