◆1 Q:自分の遺産は、すべて自分の勝手に処分できるか | ぐーすけとりきのブログ

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 村上慎也は、88歳である。同級生の三分の二はすでに亡くなり
自分も重症の糖尿病を患わっていたので、いつあの世からお迎え
がくるか毎日が不安であった。


 慎也は、村上工業という自動車部品を作る会社を経営していた
が、子供は二人とも娘で、それぞれのの夫も別の勤め先があるので
この会社を継がず、妻の英子と二人で食べていくだけの蓄えは
あったため、会社自体を近いうちに解散してしまうつもりであった。


 慎也はいわゆる「遊び人」で、世間様にはずいぶん迷惑をかけた。


 昭和19年に赤紙一枚で徴兵され、満州で終戦を迎えたが、ソ連
軍にシベリアへ抑留され極寒の地で地獄を見た。昭和24年に
復員してからは、自暴自棄になり、悪いことはすべてやったと
いっても過言ではなかった。


 当時は「ヒロポン」と呼ばれていた覚醒剤の密売をはじめ、窃盗
詐欺、恐喝、売春斡旋、ニセ薬の販売、生きていくためには何でも
やった。


 実は4歳年下の妻の英子は、半ば強姦するようにして肉体関係
を持った結果、子供が出来てしまったため、やむなく籍を入れた
女性であった。


 所帯を持って、仕方なく始めた自動車部品の製造が、自動車
産業の隆盛にともない大当たりして、ひと財産築き上げること
ができた。


 だが、結婚しても「飲む、打つ、買う」の習慣がなくならず、
家庭を顧みない夫に、妻の英子の気持ちは、当然のことながら
冷え切っていたし、娘2人も父親に対して好感情を抱いているはず
がなかった。


 最近は、英子も娘2人も慎也と一切口をきこうとぜず、慎也を
置いて3人で勝手に旅行へ行ったりいていた。このような態度を
とられることは自業自得とはいえ、そんな妻や娘に、自分の
築き上げた財産を残しておく気持ちにはならなかった。ただ、
若い頃に世間様に迷惑をかけたことについては、何か償いたい
と心底思っていた。


 この間、テレビを見ていたら、東日本大震災で両親や兄弟を
亡くし、天涯孤独になってしまった子供たちを集めて面倒を
見ている篤志家(とくしか)の話題を放送していた。そこで、
できたら自分の全財産を、このような気の毒な子供のために
使ってもらうなどして、社会福祉に役立ててもらいたいと思う
ようになった。


 自分の財産すべてを、社会福祉団体に寄付する旨の遺言書を
自分の手で書いて、日付と自分の名前を書き、その署名の下に
印を押せば、遺言の形式としては有効であるということは知って
いたが、果たしてこのような遺言を作成して、妻や娘から文句
がでないか心配であった。