ともに19世紀後半に活躍し、日本の知識層に多大な影響を
与えた「世界の文豪」である。「罪と罰」「カラマーゾフの兄弟」
などの代表作を世に出したドストエフスキーは、人間の内部にある
矛盾や葛藤を深く追求し続けた作家だ。彼自身、シベリア流刑
を経験し、持病の癲癇(てんかん)やギャンブル癖に悩まされる
など、苦悩と矛盾を抱える人だった。思想作家、求道的哲学者
という文脈で語られることが多いが、トルストイは彼を評して
「たくさんのことを感じすぎて、考えることはだダメだった」
といっている。
そのトルストイは「戦争と平和」「アンナ・カレーニア」など
壮大なスケールの作品が有名だ。地主貴族の家に生まれた彼は
華やかな上流社会から貧しい民衆にまで目を向け、人間の
あらゆる営みを描いた。理性や調和の道を求めた結果、トルストイ
主義と呼ばれるキリスト教にたどり着く。後期の作品は、むしろ
「説教」に近い。
2人は会うことはなかったとされるが、ライバル意識は相当な
ものだったらしい。
臨終のトルストイの枕元に、ドストエフスキーの作品があった
ことは有名である。
【ドストエフスキー】
1821年 モスクワで、医師の次男として生まれる
1837年 母親が死去
1839年 父親が農奴に殺害される
1845年 「貧しき人々」
1848年 「白夜」
1849年 社会主義者のサークルの仲間とともに逮捕され投獄
→死刑宣告を受けたあと、特赦を受け、シベリアで
4年間の流刑生活
1857年 結婚
~ルーレットなどのギャンブルに熱中し始める
1864年 妻が死去
「地下生活者の手記」
1866年 「罪と罰」
1867年 再婚
1872年 「悪霊」
~ギャンブルから足を洗う
1980年 「カラマーゾフの兄弟」
1881年 肺気腫により死去(60歳)
【トルストイ】
1828年 ヤースナヤ・ポリャーナ(モスクワの南方にある
田園地帯)で、伯爵家の4男として生まれる
1830年 母親が死去
1837年 父親が死去
→叔母の後見により育てられることに
1847年 大学を中退後、農地経営を試みるが失敗
1851年 軍隊に入隊
→コーカサス戦争(1853~56年)に参加し
戦記「セバストポリ物語」を発表
1862年 結婚
1869年 「戦争と平和」
1877年 「アンナ・カレーニア」
1882年 「懺悔」
~私有否定の精神から著作権を放棄しようとして妻と衝突
1899年 「復活」
1904年 日露戦争勃発に対し、反戦論文を発表
1910年 家出を決行。10日後、中央ロシアの寒村の駅で
肺炎により死去(82歳)