■コークvsペプシ 「あの味」は薬剤師による発明品 | ぐーすけとりきのブログ

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 日本では「コーラ=コカ・コーラ」というイメージがあり、実際
国内シェアはコカ・コーラが圧倒している。しかし、本家本元
のアメリカでは、コカ・コーラが5割弱、ペプシが約3割といわれ
なかなかいい勝負をしている。アメリカ文化の象徴ともいわれた
王者を相手にここまで肉薄したペプシの努力は、並々ならぬもの
があった。


 第2次大戦後、ペプシは、ファミリーサイズの販売や、自動
販売機の利用など、あの手この手でシェア拡大を図った。それ
なりに効果はあったものの、コカ・コーラの牙城はビクとも
しない。一番のターニング・ポイントは、60年代の「ペプシ
ジェネレーション」キャンペーンの成功だろう。これでペプシは
従来の「コカ・コーラの安物、偽物」というイメージから脱却し
ようやく同じ土俵に立てた。また味よりもブランドイメージが
重要だということに気づいたことも大きい。その後のマイケル・
ジャクソンのCM起用で、売上は急上昇。伝統的な味に手を加えて
大失敗したコカ・コーラとは対照的である。今後のシェア動向に
はまだまだ波乱がありそうだ。


        <コークvsペプシの歴史>

・1886年 アトランタの薬剤師ジョン・S・ベンハートンが
       コカ・コーラの製造発売を開始
       →日本にも1910年代前半までに上陸
・1898年 ノースカロライナの薬剤師キャレブ・ブラッドハム
       がペプシコーラの原型を発明。


・1915年 コカ・コーラのくびれ型のビンが誕生
       デザインは意匠登録され、多数の類似品から区別
       する目印に
       第一次大戦後、生産コストの上昇からペプシが
       苦境に陥りオーナーが数度入れ替わる
・1930年 ペプシが「同価格倍量作戦」で盛り返す
       第二次大戦で、コカ・コーラが軍需品として
       認可され、戦地へ大量供給される
       →アメリカの「国民飲料」の地位を確定


・1957年 日本で「ペプシコーラ」販売開始
・1963年 「ペプシ・ジェネレーション」キャンペーン開始
       →アメリカ国内のスーパー、コンビニ等での
        シェアが逆転、コークを抜いてトップに
       銘柄を伏せた試飲テストを全米各地で実施、
       ペプシの評価の高さをアピール
・1984年 マイケル・ジャクソンを起用したペプシCMが大
       ヒット
       味をアピールする戦略からイメージ戦略へと転換
・1985年 原料の調合を変えた「新コーク」発売 
       →予想外の大失敗となり、従来のコークを
        「コカ・コーラ・クラシック」として復活


・1998年 青を基調とした世界同一パッケージの「新ペプシ」
       発売
       両陣営でボトルキャップ・キャンペーンが始まる


 人にもよるが、ぐーすけは、ペプシが好きだ。あの黒ビールの
のような、奥深い甘さ、が気に入っているのだ。しかし
前にも言ったが、コーラを飲んでいると歯がキシリキシリいって
奥歯に食べ物が染み込む感じがする。
痛い。
コーラだからダメなのかと思い、オレンジーノのような炭酸飲料
に変えてみてもだめだった。歯がキシリキシリする。
もしかしたら、歯磨き粉に研磨剤なんかがはいっているからかな
と思い、「コーラ→あり」「歯磨き粉→なし」でテストしてみたら
やっぱり歯が痛かった。ポテチとか問題外、寿司のマグロも
奥歯で噛み砕くときに痛みが走った。
コカ・コーラの広報の人に連絡すると、丁寧な返事が来たのだが
その内容はカミつまんで言えば、「あまり気にしなくても良い」というものだった。
でも歯がきしむ。
でもって今は、コーラとは縁が切れている。