◎天空の蜂~犯人は「企業」というものを、なんと考えていたか | ぐーすけとりきのブログ

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・湯原 一彰(ゆはら かずあき)
錦重工業航空機事業本部。奪取された新型ヘリコプターの開発責
任者。
・三島 幸一(みしま こういち)
湯原と同じ会社の錦重工業の原子力技術者。犯人グループの一人。


 三島は京葉工科大学の機械工学科を出ていた。湯原がかつて受験
に失敗した大学であった。そのせいで先入観をもっていたわけでも
ないだろうが、三島の言動には刺激されることが多かった。
特にその考え方には、他の新入社員にはない鋭さが含まれていて、
湯原は何度かはっとさせられたものだった。


 企業の社会的責任を挙げなさい……これは入社一週間くらいの
頃、教育課の人間が湯原たちに与えた課題だった。新入社員たち
は数名のグループに分かれて、この課題について話し合い。
最終的な結論を模造紙に書いて皆の前で発表するのである。その
グループ分けで、湯原は三島と一緒になった。


 三島以外のメンバーが挙げた意見は、概ね次のようなもの
だった。
「人々の生活に役立つものを作り出し、供給する」
「利益を地元に還元し、地域の発展に貢献する」
「工場廃液や産業廃棄物の管理を徹底し、環境保護に努める」


 入社して間もなくの、まだ学生気分の残っている若者たちの
考えであるから、この程度のことを思いつくのが精一杯であった。
ところが一番最後に発言した三島の意見は、湯原をはじめ他の
メンバーの意表をつくものであった。


「企業の社会的責任ってそれは結局、儲けることじゃないのか」
彼はこういったのだ。
メンバーは一瞬沈黙し、顔を見合わせた。それから中の一人が
いった。
「儲け主義はよくないぜ」
すると三島は怪訝そうに相手の顔を見た。


「主義の話じゃなくて、責任の話だろ。まず儲けること。他の
ことは、その後の話じゃないかな」
この主張に、湯原たちは一旦は反発した。「世の中、金が全て」
という考え方に反感を抱いている時期でもあった。会社という
ものが、全くわかってなかった。


 だが三島は、青臭い意見を熱っぽく語る同僚たちを、次々に
ねじふせていった。


 たとえばうちの会社の収益が激減したらどうだろう」と彼は
いった。「数万人の従業員の給料は誰が払うんだ?奥さんや子供
は誰が養ってくれる?下請け会社はどうなる?収益が減っている
んだから、当然県の税収も減るわけで、傷んだ道路を修繕する
こともできなくなる。企業の社会的責任というのは、まずその
企業に関わる人々の生活を保証することだと思うね。そのために
は、まず儲けなきゃならない。人々の生活に役立つものを作ったり
供給したりするというのは、その手段なんじゃないか。利益を
地元に還元するというのだって、とにかく儲けて税金を納め
なきゃ始まらない。環境保護に至っては、商売するうえでの
ルールと考えるべきだ」


 紋切り型の表現を使うなら、目から鱗(うろこ)が落ちた、と
いうことになるのか。湯原にしてみれば、初めて企業の考え方
というのもに接した思いだった。ほかのメンバーも同様らしく
やがて誰も反論しなくなった。


 そしていよいよ発表の時が来たが、他のグループの主張内容
は、当初湯原たちが考えていたようなものばかりだった。
グループは全部で10組以上あったが、「企業の社会的責任は
利潤を追求することだ」と断言したところはひとつもなかった。
それだけに最後に湯原たちがそれを主張した時には、他の
グループから反論の集中砲火を浴びた。だがそれらの意見は、
ほんの少し前に湯原たち自身が発したものだったから、退ける
のも難しくはなかった。


 発表会の後で教育課の担当は、「本質を捉えていた唯一の
発表」といって湯原たちのグループを褒めた。湯原は三島を見た。
彼はにっこり笑って片目をつぶった。以外に人懐っこい笑顔
だった。


 この後も何度か違う場所で三島とは顔を合わせた。そのたびに
湯原は、他の物にはない輝きを彼の中に見つけた。その輝きに
いつも刺激された。