なぜ、日本は零戦を上回る戦闘機を開発できなかったのだろう
か。疑問に思うのも当然だ。
開戦後2年ほど経過すると、資源のない日本は、絶望的な
資源不足におちいってしまった。戦闘機を開発する場合も、でき
るだけ資源を使わない機種であることが至上命令となったのであ
る。
重量かかさめば、それだけエネルギーを食う。ところが日本は
飛行機燃料になる重油のすべてを海外生産拠点に頼っていた。そ
の海外拠点が、次々と米軍におさえられてしまい、重油不足は
日に日に深刻さを加えていった。
こうした状況から、なんとしても軽量化をはからんとするあまり
日本の戦闘機には防弾ガラス、防弾装甲、防弾燃料タンク、消化
装置等が設置されていなかったというから、驚いてしまう。
これでは、敵の襲撃を受けたら、あっという間に墜落してしまい
、貴重な戦力である訓練を重ねたパイロットが次々と姿を消して
しまう。やむなく、訓練不足の新人パイロットを投入するも、そ
の消耗はさらに厳しくなっていくという悪循環…。
戦闘機の工場にいる熟練された工員も赤紙で戦地に送られて
しまい、学生を使って勤労奉仕をさせていたが、やっとこさ
出来たものを見てみても、ネジの止め具合とか、羽のしなり具合
とかうまくいかず、熟練パイロットも「こんなに製造の腕が
おちているのか…」と落胆する場面もあったとか。(ちょっと
記憶があいまいだが「永遠の0」で)
こうして、日本の航空戦力は、末期的な状態に急降下していった
のだ。