▽3 米軍に研究されつくした零戦 | ぐーすけとりきのブログ

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 「零戦」が劣勢に回ったのは、たった1機の不時着陸機の始末
の不手際からだった。


 昭和17年(1942)、零戦が南方洋上のアクタン島に不時
着してしまった。不時着陸機を敵方に奪われれば、構造の秘密
を見破られてしまう。従って、それまではなんとしてでも不時着
機を回収してきたのだが、この時に限って、アクタン島が無人島
という理由から、日本は不時着機を置き去りのままにしたのだっ
た。


 ところが翌年になって、米軍はこの不時着機を発見し、本国に
持ち帰って徹底的に分解し、研究しつくしたのである。
 
 そして、零戦のあらゆる利点を明らかにする。この分析結果を
もとに、米軍は2000馬力という零戦のほぼ2倍のパワーを
もつ戦闘機を開発した。「グラマンF6F」である。
 
 グラマンF6Fの登場以後、日本軍はどの戦地においても、まず
制空権を奪われてしまい、戦局は一転して、圧倒的に不利におい
込まれていってしまうのだ。