「坂崎出羽守直盛」という名にピンとくれば、かなりの
日本史通だろう。「戦国武将・宇喜多忠家の長男」であり
「大阪夏の陣で千姫を救出した武将」である。
千姫は徳川秀忠の娘、徳川家康の孫にあたる。母はお江の方で
あり、祖母は、あのお市の方である。端正な顔立ちの美人で
あったと言われる。豊臣秀吉の遺命によって、わずか7歳で
12歳の豊臣秀頼と結婚した。
やがて豊臣家滅亡に終わる大阪夏の陣という戦いになるのだが
家康には一つ気ががりなことがあった。大阪城にいる千姫の
ことである。
なんとかして千姫を救いたいと考えた家康は、「千姫を
大阪城から無事に救い出した者には、褒美として1万石の
領土を与え、千姫と結婚させよう」と言い出した。
火がかけられて大阪城は炎上。いよいよ追い詰められた豊臣
秀頼らは、堀内氏久という武将に千姫の護衛を頼み、場外
へ逃がした。もちろん城外は戦闘の真っ最中である。
そのとき、堀内氏久が偶然目にしたのが坂崎出羽守の陣。
実は坂崎出羽守は堀内氏久の知人だった。つまりなんの苦労
もせずに千姫が坂崎の懐に飛び込んできたというわけだ。
ところが、千姫を嫁にくれるという家康の約束は実現しなか
った。新井白石によれば、坂崎は千姫との縁談を秀忠に再三
乞うて実現しようとしたが、千姫がそれを嫌がり、本田忠刻
(ただとき)と再婚しようとした。秀忠は何度も詫びたが
坂崎は「それでは世間に顔向けができない」と聞き入れず、
挙句の果てには千姫強奪を企てた。
「千姫強奪計画」を聞いた秀忠は、坂崎出羽守に切腹を
命じている。