▼2 空海と最澄の仲が悪かったわけ | ぐーすけとりきのブログ

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空海と最澄といえば、平安時代初期に、中国に渡って新しい仏教を
学び、日本に伝えた僧である。2人は遣唐使として渡海し、異なる
宗派を学んだ。その後、別々に帰国し、空海は真言宗、最澄は天台
宗の開祖となった。


日本に帰ってから、古い仏教勢力に対抗して、仏教界の改革を図ろ
うとしている点で2人の考えは一致していた。


最澄は空海より7歳年上だったが、にもかかわらず空海を高く評価
した。そして年齢も地位も自分より低い空海に教えを乞うた。

そのうえ最澄は、愛弟子の泰範(たいはん)を空海のもとにやり
密教を学ばせたのである。ところが、これが2人の仲を悪くしたの
だから皮肉なものだ。


なんと空海に弟子入りした泰範が、空海に傾倒してしまい、戻らなく
なったのである。


最澄は戻ってきて欲しいと泰範に手紙を書いた。ところが、それに
対しての返事は絶縁状のようなもので、しかも空海の代筆だった。


これより前に最澄は「理趣経」という経典を貸してほしいと空海に
頼んだことがあった。しかし、それを空海が断ったので、気まずく
なっていた。


そんな伏線もあって、とうとう2人は絶交してしまったのである。