▼1 学問の神様・菅原道真の成績は? | ぐーすけとりきのブログ

ぐーすけとりきのブログ

ブログの説明を入力します。

「苦しい時の神頼み」というが、受験生にとって、学問の神様である
北野天満宮や湯島天神あたりに合格祈願にいくことは、受験勉強よ
りも、すくなくとも精神的に安定という効果はあるのかもしれない。


その学問の神様として祭り上げられているのが菅原道真。ところが
、当の本人の学生時代の成績は、今ひとつパッとしなかったらしい。


菅原家は、代々、学問に深く関係のある家柄だった。だが、政治の
世界では出世コースから外れていた。ところが道真だけは、破格の
出世をとげている。


道真は宇多天皇の新任が厚く、藤原氏を抑えて重用され、文章博士、
蔵人頭、左京大夫、参議、式部大輔などと順調に出世をかさねた。
その後の道真は出世街道を邁進し、中納言、春宮権大夫と位を上げ
昌泰2年(899)醍醐天皇のときには右近衛大将となった。右近
大将とは右大臣である。


これだけの出世をしたのだが、道真の学校での成績は悪かった。
26歳の時、彼は管理試験を受験している。
この時に出された問題のうちの2つをあげてみると…

問1 氏族の源流を述べよ
問2 地震について中国の古典をもとに論述せよ。

といった感じだ。
道真がもらった点数は「中」。

道真を祀った北野天満宮に保存されている「北野天神縁起」には、
「道真は、5~6歳のころから神童と皆に認められてきた」とある
のだが……。


しかし、この神童神話のおかげで、北野天満宮にはいまも参拝客が
絶えない。


学校の成績は悪かったものの、道真は中年以降、漢詩などを納
めた詩文「菅家文章」を出し、また「新撰万葉集」の撰者を務める
など、学問的にもすぐれた業績を残している。