日本一の歓楽街といえば、東京・新宿の歌舞伎町
を上げる人も多いだろう。新宿コマ劇場を中心に
映画館や居酒屋、キャバクラ、ファッションヘルス
ホストクラブなどが集中している。
そんな歓楽街に「歌舞伎町」という古風な地名
がついたのは、もともと「古典芸能を守る街」
にしようという計画があったからである。
終戦直後、この地は「淀橋区角筈1丁目」と
呼ばれていた。
その町会長だった鈴木喜兵衛という人が
いちはやく地域の復興計画に着手。
東京都とも相談して、芸能広場を中心に
劇場や映画館、ホテルなどを配した
大繁華街を作る構想を練った。
そのなかで、占領下にあって存続が心配
された古典芸能を守るため、歌舞伎劇場の
建設も考えられていた。
そこで文化地域にふさわしい町名をつけようと、
都の都市計画課長の提案で「歌舞伎町」と
名付けられたのだ。
ところが、結局、歌舞伎劇場の建設は実現せず
その後、連れ込み旅館が増えたことをきっかけに
歓楽街へ発展することになったのである。