木村政彦を最強にした、驚愕の練習法 | ぐーすけとりきのブログ

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木村は全日本初優勝の夜も

イメージトレーニングは欠かさなかった

「あのとき相手の内股が技ありでなく一本だったら

俺は負けていた。

では勝つためにはどうしたらいいか?」

たどり着いた結論が、有名な「三倍努力」である。


強豪選手たちが三時間稽古していたので

木村は倍の六時間稽古していたが、

倍の稽古だけでは「絶対」の境地には辿り着けない。

ライバルも必死に努力しているからだ。

二倍程度の稽古量では、なにかのはずみで

勝敗がひっくり返ることもありえる。

しかし三倍の九時間以上稽古をすれば

ほかの人間はついてこれまい。


木村は乱取り(スパーリング)だけで

毎日百本はこなした。

一本五分としてもこれだけで

九時間ちかくになる。

ウエイトトレーニングなどを含めると十三時間は

こなしていることになる。


経験者ならわかるとおり、柔道の乱取りはどれだけ長くても

五時間が限界である。

現在の強豪高や強豪大学でも

普段の乱取り量は三時間ならかなり長いほうである。


だが木村は本当に乱取りだけで九時間やった。

まず警視庁へ朝十時から出稽古に行き

昼食を食べて拓大で三時間、そして夕方六時から

講道館、そのあと深川の義勇軍道場

牛島塾(木村が面倒を見てもらっている

牛島辰熊の道場)に戻ってくるのは夜十一時である。

そして、夕食をかきこむと、うさぎ跳びをしながら風呂に行き

またうさぎ跳びで帰ってくる。

すぐに腕立て伏せを千回やって、

そのあとバーベルを使ったウエイトトレーニング、

巻き藁突きを左右千回ずつ、

さらに立ち木への数千本の打ち込みである。

布団に入るのは午前二時過ぎになる


また他流派の柔道に出稽古に出た時もすごかったという

「昔、木村先生が一人で出稽古に来たらしいんですよ。

たった一人ですよ。当時だったら、これ、もう道場破り

だと思われても仕方ないですよ。

五体満足で帰すなみたいな、普通の感覚ではできません。

で、道場では五十人位の人間が、三時間から四時間かけて

なんどもなんども木村先生に交代でかかっていくわけですよ。

潰すために。

そのまま返せば道場の恥になりますから。

でも逆にみんな木村先生の大外刈りで叩きつけられて

脳震盪をおこしてあちこちで倒れていて、

立てなくなっちゃったって。

そして夜、酒席になったらしいんです。

木村先生が「今日は調子が悪かった」というので

熱を測らせたら三八度何分かあったということです。

これは木村先生の抜群の練習量の賜物ですよ。」


他の選手たちとの差は開くばかりで

木村の練習相手はいなくなってしまった。

講道館でも警視庁でも

みんな怖がって理由をつけては断ってくる。

それを何度も拝み倒して組み合うや、

木村は片っ端から大外刈りで叩きつけた。

あまりに失神者が多いので講道館では

木村の大外刈りはかけてはならないことになった

脱臼者も続出し腕絡みも禁じられた。

「大外刈りだけは勘弁してくれ」

警視庁でも木村が大外の

モーションに入るだけで

猛者たちがその場にへたり込んだ。


今現在、これだけの練習量をこなす

選手はいるのだろうか?

おそらく、いや絶対にいないだろう。