大和は大鑑巨砲主義の遺物か? | ぐーすけとりきのブログ

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戦艦大和の名は軍事や戦争にまったく関心の無い人でも

知っているだろう。

しかしこれはど誤解されている軍艦も無い。


自称軍事マニアでも、大和と聞くと、大鑑巨砲主義から転換できなかった

日本海軍の旧弊の象徴と、鼻先でコバカにした様に嗤うものが多い。


実際には、真珠湾奇襲とマレー沖海戦でいちはやく

海戦における航空機の威力を世界に示したのは日本海軍であった。


もっと重要なことは、日本が海戦後すぐに大和型戦艦の建造を

2隻で打ち切り、建造中だった同級三番艦信濃を空母へと

改造したのに対して、

アメリカやイギリスの海軍は

大戦が始まっても戦艦を造り続けたという事実だ。

アメリカ海軍は参戦後にアイオワ級戦艦を

4隻を完成させ、残り2隻も終戦まで建造を続けていた。


だが、アメリカは、戦艦を造る一方で

エセックス級を始めとする空母も

何十隻も送り出すことが出来た。

日本は戦争がはじまってからは

ろくな主力空母もつくれなかった


もう国力の差というほかは無い。