なぜ高校の国語の教科書は、外国文学を教えないのか? | ぐーすけとりきのブログ

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これは、外国文学が「日本国語」でないからである。

取り付くしまもないが、そういうことである。

(但し、魯迅も採用されているし、漢文も

もとをただせば中国語だが)


しかし、あえて苦言を呈せば、ぐーすけは高校で

外国文学を教えておくべきだと思う。

日本の教科書の小説は、短編ばかりで

心の奥にずっしりとした大河ドラマの読後感がない。


東京大学の教員を対象に行われたアンケートでは

すべての分野の本の中で

「カラマーゾフの兄弟」が

「新入生に読ませたい本」の一位に選ばれている。

東大受験生だから

受験勉強の合間にドストエフスキーも読むのかもしれないが

一般の高校生に、授業外でドストエフスキーを読めと言っても

無理な話である、と思う。

授業で取り上げて、世界文学への道をつくってあげるべきだ。


また、教員の質の問題もある。

教育学部出身者のどれだけが

以下のような文学の訳書を読んでいるだろう。

ヘミングウェイ「老人と海」「武器をさらば」

ディケンズ「二都物語」

ゲーテ「ファウスト」

トルストイ「戦争と平和」

ドストエフスキー「罪と罰」「白痴」

ノーベル文学賞受賞の

ウィリアム・ゴールディングの「蝿の王」

ガルシア・マルケスの「百年の孤独」

セルバンテスの「ドン・キホーテ」

ヴィクトル・ユゴーの「レ・ミゼラブル」

ダンテの「神曲」

などなど

原書までとは言わないが

訳書は全部読んでいて

高校生の異文化への入り口として

門戸を開けておけば相互理解にも

つながる。

キリスト経も宗教としてだけでなく

西洋人の生き方の指標

ものの考え方、行動の端緒

としてとらえれば

新しい目がひらけよう。


高校の先生は

ただでさえ受験勉強にかかりっきりなのに

これ以上、そんなに負担を増やせるか、と思うだろうが

すこし大げさに言えば

生徒の人生を変えるような

大河ドラマと出会えるならば

些少の不便はこらえてもらいたい


文部科学省が出題する小説の範囲を

発表してもよいのである。

定番の小説を決めていてもよいのである。

とにかく

世界に目を向けて

羽ばたいておくことが重要だ。