【自分を知らない】
あなたのココロの
パーソナルトレーナー
心理カウンセラーの
かとちゃんです。
先日、映画を観たのですよ。
『孤狼の血』(2018)
https://www.amazon.co.jp/dp/B07JYNQ49K
昭和の広島を舞台にした、
ヤクザ映画です。
役所広司が
悪いことでもなんでもする破天荒刑事、
松坂桃李が
大卒エリートで真面目な新人刑事を演じ
ヤクザの抗争劇に巻き込まれながら
「正義とは何か?」を問う、
バイオレンスストーリーです。
最近のヤクザ映画って
昔の「仁義なき戦い」みたいな
鬼気迫る感じがないので
期待してなかったんですが、
本作は、東映の本気が感じられる、
めちゃ面白い作品でした。マジで。
といっても
「R15+」のレーティングで
残虐な描写がたんまり入っています。
冒頭から、
人が拷問、リンチされる
強烈な暴力描写からはじまります。
開始3分で相当エグいですので、
スプラッタに耐性のない人は
観ないほうがいいです。
で、今日は映画の紹介ではなくてね、
この映画を観たという友人と
ちょっとSNSでお話したんです。
したら彼女が
「なんで人に対して
あんなヒドイことできるんだろうね。
理解不能だわ。」
と言ってました。
人に暴力を振るう人、乱暴する人
人に残虐な行為をする人
人に罵詈雑言浴びせる人
子供への虐待行為ってのもある。
犬猫や動物にヒドイことする人ってのも
いたりしますよね。
映画の中にも現実にも
そんな人たちはたくさんいます。
彼、彼女らがなんで、
あんなことするのか、できるのか。
わかりますか?
ワタシにはそんなことは出来ない
だから彼らの行動は理解できない
ってのがフツーだと思います。
・そういう(残虐性を持った)性格だから
・精神的に狂っている
・私利私欲を満たすため
・サイコパスである
それはそれでそうとも言えるのですが
メンタルの仕組みから紐解くと
実はカンタンなんです。
彼、彼女らは
「自分のココロの傷が痛すぎて
ココロにフタしちゃったから、
他人の痛みもわかんなくなっている」のです。
任侠映画に出てくるヤクザの人たち
残酷な殺人事件の犯人たち
彼らの
幼少期を想像してみると
とても幸せな家庭で育ったとは
思えないと思います。
なかなかの
シンドすぎる環境で育ち
その中で、
精神的にも肉体的にも暴力を受けて
愛してもらえない辛さと
わかってもらえない苦しさの中でもがき
あまりにも苦しくて苦しくて
ある時期に、
自分を守るために
自分のココロにフタをして
痛みや苦しみを
感じないようにしてしまったのです。
人って
脳にミラーニューロンってのがあって
「共感性」を必ず持っています。
相手が痛そうだったら
「痛い」と自分のことのように感じる。
相手が苦しそうだったら、ツラそうだったら
私も「苦しい、ツライ」と少なからず感じるもの。
だから
「他人に痛いことできない
他人を苦しめること、ツラくあたることは
“自分も”シンドくなるからできない」
と自然にストッパーがかかるものなのです。
でも、自分が自分のココロにフタをして
「もう、傷つきたくない」
「もう、ツライなんて感じてはいけない」
「もう、苦しいなんて思わない」
と自分の感情への感受性を
鈍らせたり、シャットダウンしている。
感情を感じることを「禁止」する。
すると
自分の「苦しみ痛み」がわからなくなるから
他人の「苦しみ痛み」もわからなくなるのです。
で、このフタを維持していくためには
自分にウソを付き続ける必要がある
本当は悲しいのに
本当はツライのに
本当は嫌なのに
本当は苦しいのに
「オレは強いんだ!」
「そんな弱い自分はもう過去に置いてきた!」
「オレに逆らうやつはみんなブチのめす!」
「オレを否定するな!言うことを聴け!」
「力で言うことをきかせてやる!」
みたいに「怒り」を使って
こころにフタをし続ける。
だって、
封印した感情=ホンネを感じるのは
ツラすぎるから。
こうやって、ずーっとずーっと
自分を守り続けている行為が
ああいう行動として出てくるのです。
もちろん個人差ある。
本当に生まれながらのサイコパスも
いると思う。
でもフツーはこの仕組みなのです。
*
私たちフツーの人や
ココロにそこまでフタしてない人は
彼らの行動が「理解不能」だと思う。
理解不能なので、社会は彼らを
「恐れ」で「排除」しようとします。
すると彼らは
「またわかってもらえない」
「また愛がもらえない」
「だったら奪い取ってやる」
「オレの力を見せつけてやる」
とより【反抗的】になるという
終わりのないループ、にいます。
じゃあ彼らを
「受け入れろ」っていうのか!?
「野放しにしろ」っていうのか!?
ってムリっすよね。
だって噛み付いてくるは暴力ふるってくるわ。
だから離れていいのです。
でもね、
「恐れる」と「排除=戦い」へ向かい
仁義なき戦いへと突入してしまうので
なぜあんなことしてしまうのかと
「理解」だけはしてみて欲しいのです。
「母親が子供を虐待するなんて
親として信じられない!」
「ヒドイ親を捕まえろ!」
って無理解思考にとらわれると
私たちの方が「ヒドイ人」になってしまう。
彼らはもう行き過ぎてしまっているので
彼らのこの仕組に気づいてもらい
本当の自分に戻ってもらうのは相当難しいし
それは彼らの問題であり課題。
だからボクラができることは
自分の中にある
「弱い自分」
「ツライ自分」
「悲しい自分」
「苦しい自分」
というホンネにフタをしないよう
しっかり自分に「共感」し、「理解」してあげること。
それが彼らの理解へとなり
理解してくれる雰囲気が社会に醸成されていけば
彼らも変わっていくのです。
自分が世界、世界が自分。
すべては自分の内面が反映されたもの。
そんな視点で観てみると
世界の見え方がぐるっと変わってきます。
なんか長く書いちゃった。
まあよい。
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