本当は早く帰りたい
家に帰って、いつものように潤と過ごしていたいんだ
「大野さん、あんま食わないんですね。俺も人のこと言えませんけど」
ニノは顔に似合わない飲みっぷりで
次々とビールを注文しては飲み干してしまう
顔は真っ赤だけど、あまり酔わないのかいつもと変わらない
それが俺には少し不気味で
なんでコイツについてきてしまったのか後悔していた
「この店、大野さん家の近くだけど来た事ある?」
「子供だった頃に何度か…」
「私もね、来てたんですよ。同じく子供の頃かな」
「…ここの近くに住んでたのか?」
「ええ。引っ越してしまったからそれきりになっていたんですけど、昨日、大野さん家の帰りに翔ちゃんと来たんです。だから二日続けてになるかな」
ニノがこの辺に住んでいたなんて知らなかった
そんな話は聞いたこともなかったし
する機会もなかったから
だけど、もしかしたらどこかで会っていたのかと思うと
少し不安になってきた
「ニノ、おまえさ…」
「潤くんって素直ですね。何にも染まっていないというか、純粋っていうのか」
「潤の話はするな。お前が考える必要もない」
「どうして?大野さんの大切な弟さんじゃないですか。私だって気になります」
「意味わかんねぇ」
「ふふ。わかんないですよね。私がどうしてあなたや潤くんにこだわるのかなんて」
「なんかあんのか?おまえおかしいよ」
「私ね、あなたの気持ちが少しわかるんです。私にも弟がいるんですよ、潤くんみたいに可愛くないけど」
「しらねえよ、おまえの家庭と一緒にすんな」
全く何を考えているのかわかんねぇ
こいつは俺に何を言いたいんだ
目的がさっぱり…
「大野さんさ、これからもずっと潤くんと一緒にいるつもり?」
「はあ?」
「もっと大人になって、おじさんになって、おじいちゃんになっても潤くんを離さないの?二人きりの世界に閉じこもったまま?」
「何が言いたい…何なのおまえ」
「そんなの不幸だよ、誰も救われないでしょ。あなたも潤くんも。もっといえばご両親も」
「関係ねぇ、黙ってろ!」
「あなたが潤くんに執着するのは何故?大切な弟だから?それとも愛してるから?」
「おまえに話す必要なんてねぇんだよ!」
頭がパンクしそう
こいつの言葉におかしくなる
他人と絡むなんてろくなことがないんだ
こいつは無視して、帰ろう
テーブルの上に自分の飲み代を置いて
立ち上がろうと組んでいた足を解いた
「帰るの?まだ話があるんだけど」
「俺はない。仕事以外で俺に絡んでくんな」
「ずいぶん冷たいこと言うんですね、水くさい」
「おまえにそんなこと言われるような関係じゃねぇよ」
早く帰って潤のもとへ
きっと一人で帰らせたから不安だったに違いない
怖い思いをしたかもしれない
早く抱きしめてやらないと
ニノに背中を向けて襖に手を伸ばした
「潤くんもあなたも本当に変わってない。いや、変わってないのはあなただけかもね。ずっと同じ瞳をしてる」
伸ばした手が宙で止まる
こいつの今の言葉が俺の動きを止める
「あんな事がなかったら。あなたは変わらなかったとしても潤くんは違うよね。きっと前に進んでるよ、あなたに捕らわれたりしない」
「おまえ…」
「あなたが傍にいるとさ、潤くんはあの過去からずっと抜け出せないんじゃないの?それともあなたはそうして潤くんを自分に縛り付けてるのかな」
こいつ…知ってる
潤に起きた出来事を知ってるんだ
何者なんだ、何で俺の前に現れたんだ?
「私ね、潤くんのことが大切なんです。あなたに負けないくらい」
心臓がバクバクする
こいつが話す言葉に恐怖を感じ始めていた
逃げ出したいけど
足がすくんで動かない
それくらい恐怖を感じてる、この子供みたいな顔をした男相手に
「大野さん、私に潤くんをくれませんか?」
この瞳は…本気だ