クルマーシーは日本にいるよ。

クルマーシーは日本にいるよ。

今日もこんにちは。これから新しい生活です。

 
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葉さんがロンドンからはるばる東京へ遊びにきました。
毎年、オークションで儲けたお金で日本に帰ってくる葉さんは、アイドル並みの分刻みのスケジュールで友達と遊んだり、旅行に行ったり、歯医者に行ったりととてもお忙しいご様子でした。

そんな人気者で大忙しの葉さんから、わたくしも招集のお声がけをいただきました。
葉さん。となると以前のラーメン二郎騒動を思い出します。
遥か異国の、それも明治の小説家が極度の神経衰弱に陥ったほどのダウナーな町ロンドンで、さらに加えたらそのロンドンの決して治安がいいとは言えない南のほうで、海を越えた東京は目黒の山手通り沿いで出される油でテカテカした大盛りのラーメンを恋い焦がれていた葉さん。

しかも今はとことん冬です。この「大きく寒い波」と書いて大寒波のサウスロンドンを想像してみてください。
すぐに冷めちゃうチップスと、キンキンに冷えたビール。16時には真っ暗になってしまう、空。

なーんて、そこまで暗く考えなくてもいいですが、私はそんな寒いロンドンから来る葉さんに念願のラーメン二郎を食べさせたくて。
会社をダッシュで出て、中目黒駅に集合です。
数日前に「あーそーぼー。」って連絡してきたラーメン二郎バージンのピロミちゃんも誘ったので、私は2人保護者としていざ二郎へご案内です。

ラッキーにもそんなに並んでいなくて、お話してたら20分くらいで席に座れました。
絶対大食いな葉さんです。小ラーメン肉入りぐらいから試してほしかったのですが、色んな所から聞かされる二郎伝説に怖じ気づいたのか小ラーメンでこじんまりと始まりました。

さあ、誰よりも小食なピロミちゃん、ラーメンを5口くらい食べたところで、もうギブアップの顔つきです。
その隣で想像通り口の端に油をしたためて「美味しい、美味しい。」とラーメンを頬張る葉さん。
あっという間に小ラーメンを食べ干して、ピロミちゃんの残りのラーメンにもがっついていました。
よし、よし。

そんな感じで今年も葉さんに会う事ができ、酒も飲み交わし、また来年ね!と言って別れました

さて、ラーメン二郎騒動の時の日記を読み返すと、日曜大工の案件が出てきます。
9ヶ月前から、まあ実際はそれよりも前からずっと作ろう作ろうと思っていた棚。
最近時を経て、やっと作りました。
でもさ、自分が作りたかった棚は初心者には難しいので、これを土台にして、これからどんどん時間があるときにモサモサと構築していこうと思います。

$クルマーシーは日本にいるよ。-棚


そして、ロンドンにも負けずに寒い東京にて、キッチンに行くにも億劫な私ですが、色々と手作りをして心暖めております。

まず、冬仕様のカーテン。
夏用の麻のカーテンでは寒いので、ウール100%Ver.とコットン2重Ver.でガガガっと縫いました。

クルマーシーは日本にいるよ。-カーテン


さらに、ストールをさっくさっく編みました。
編んで大きくなっていくとともに、編みながら膝元が暖かい。

クルマーシーは日本にいるよ。-ストール


そんなふうに皆で鍋をつつきながら、何かを作って冬ごもりをしていたら、最近は春の予感がしてきました。
今日も、鍋かしらん?
最近、近所で大変な事件が起きたので、自分の身をどうやって守るかについて考えていました。
「おお!これは名案なり。記しておこう。」と思い立ったのですが、実際に文字にしてみると非常につまらないアイデアであることが判明いたしました。

内容といたしましては、「夜道を歩くときはしみチョココーンを食べながら歩く。」というものだったのですが、ほらね、もうくだらないでしょ。
これをね、あたしは昨日と今日にかけてずっと考えていたんですよ。
かなり論理的で神秘的な名案かと思われたのですが、削除いたしました。

さて。

電車があります。
座席に座ります。
すると次の瞬間に目の前に人が立ちます。

そういう人生の繰り返しっていかがなもんでしょう。
私はほぼ98%の確率で目の前に人が立ちます。
それは私の思い違いかな?と思ってここ1年ほどずっと観察してまいりました。
だけどそれは思い違いではない!
目の前には常に誰かが立ちはだかっている!

そりゃあ、あたしが小さいからかもしれません。
大きい体格の人に比べたらさ、小さくてコンパクトだし、席にも余裕ができるし、ねえ。
でもだからってだけじゃないようです。

私と同じくらいの体格の女性が3人並んで座っていても、見知らぬ人々は必ず私の目の前を選ぶのです。
神様!そんな運命がそのうち変わりますように!!

あ、あと。

29年くらい生きると、自分の性格や考え方の面ですっごく成長したな自分!と思える部分と、まったくいくつになっても変わんないなあんたは。と思ってしまう部分があります。
だから、人に「クルマーシーは変わったねえ。」なんて言われたり、「昔から全く変わらないねえ。」って言われたりして頭がコンガラガルのだと思います。ええ。

まったく成長していない部分で問題が起きると、成長してる部分の私がそれを冷ややかな目で見るのです。
「だからさ、あんたはこの年になっても同じ事を繰り返してるわけよ。前回だって同じことで痛い目にあったでしょうがよ。学習能力と客観性を持ちなさい。」と。

そんな声が聞こえると、「そうだよねー。あはは。本当にそうだー。」と納得して「こんな事繰り返してバカだなー。」と思います。「そんなつまんない事に執着してないで、次の方法探そー。」なんて。

へへへ。




私がイギリスの田舎町で悪戦苦闘しながら作品を作っていた頃、町の小さな映画館にマシュー・バーニーの「The Cremaster Cycle」がやってきました。
2日間にわけてThe Cremaster Cycle1から5までを一気に上映する、という今思えばかなり贅沢で貴重な体験です。

とはいえその頃、勉強の仕方がヘタクソだった私はマシュー・バーニーなんて名前すら聞いた事なかったし、Cremasterという単語すら辞書で引かずに映画館へ向かったのです。
映画館の周りにはクラスメイトやら先生やら知っている顔がいっぱいで、そんな大勢の中でCremaster Cycleの事を知っている数名の優秀な生徒が自慢げに説明をしているわけです。
こちらとしては「あーあー、こんなに長い時間椅子に座りっぱなしなんて、あたし耐えれるかしら?あー、めんどくさいけど、クラスメイトは皆来てるからなー、先生もいるしなー、帰れないよなー。」なんて、本当によく大学を卒業できましたね。って思う次第です。

さて、この作品、そりゃあすごい衝撃でした。
あまりの長さに気が遠くなり、最後にはお尻が痛くてモジモジしながら見ていましたが、若かりし私にはその映像の美しさと、秘密の暗号みたいにまったく解読できないストーリーと、自分の想像力なんて完全にナノ化しちゃうくらい強い世界観に大興奮したのです。

具現化できちゃうのか。なんて、その頃の私に希望が見えたのでした。

$クルマーシーは日本にいるよ。-cremaster cycle
The Cremaster cycle 1, 1995

時は2011年。
時代が変わればアートも変わって、「マシュー・バーニーとマイケル・ジャクソンとマット・フランクスがあたしのヒーローだ!」なんて言ってた私も最近は編み物をしながら「いやぁ、ジジェクは本当にすごいねぇ。やばいねぇ。」思えるくらい変わったわけです。トランスフォーメーション!!

そう、トランスフォーメーション!!
先週の日曜日にピロミちゃんとMOTまではるばる足を運び「東京アートミーティング トランスフォーメーション展」を見てきたのです。
cremaster cycleは色んなギャラリーでが時々見かけるのですが、どっかでやってるよと聞くと何度でも懲りずに見に行ってしまうのです。

映像作品がたくさんあって私もピロミもクラクラのヘトヘトでしたが、一番好きだったのは映像でもなくバーニーさんでもなくヤン・ファーブルさんのドローイング作品でした。
著名なペインターのポストカードをペンで真っ黒に塗りつぶたり落書きしたりして、勝手に「アフリカのお面」とかに変えちゃってる作品です。
おもしろかった。笑っちゃった。

やっぱわかりやすい作品が好きだな。あたしも映像もいいけど3Dのものをつくりたいな、と後日よーこさんと話しました。
楽しみだなー。次は何をしよう。