貴方が望むから

「ねぇ、順也ぁ。俺、仕事で疲れたんだけどぉ?」

「そうか、お疲れ様」

そうじゃない。そうじゃないんだよっ、と叫びたくなるのを我慢してカレー作りに夢中になっている順也に抱きつく。が、すぐに解かれてしまった。いつもなら応えてくれるのに。面白くない。

「後は煮込むだけじゃん。少しは構ってよ」

ねぇねぇ、と緩く束ねてある髪を引っ張ってやる。当然、痛みなど感じない程度に。深いため息を吐いた順也は鍋から目を逸らすことなく肩に乗せた頭を撫でられ、ピアスを隠すために伸ばされた髪にキスされた。

「あと少しだから、な?」

拝啓、父さん。俺の嫁がめちゃくちゃ男前で困ります。どうしたらいいですか。

「男前……負けた」

「勝った」

前言撤回。めちゃくちゃ可愛いです。なんなんだ、この生物は。俺の嫁だよ、手出したら○す。

とりあえずテレビをつけてソファに座る。人気俳優が真っ白な粉の中へ落とされるドッキリ番組だった。

「よし、できた……紫蘭」

「ん?」

思ったより早かったな、と振り返るとすぐに唇が重なった。甘みのある煙の香りがする。順也は一人でいる時にだけ煙草を吸う習慣がついたと言っていた。わざわざ車を出さなきゃいけない距離にあるタバコ専門店まで行って買ってくるんだそうだ。口寂しいなら飴でもなんでもいいじゃないかと言ったこともあるが。

『これでないと意味が無いんだよ』

その言葉に込められた意味は今でもわからない。

「……え、キスだけ?」

すぐに離れてリモコンを操作し始めた順也に随分勿体ぶるなぁと不満を漏らせば、イタズラっぽく微笑んだ。あ、その顔好き。いや、どんな顔でも好きだけど。

「ん? なに、これ」

「覚えてないのか?」

「いや、覚えてはいるけどさぁ」

録画していた某アニメの敵キャラがタバコを咥えているシーンで一時停止する順也。これがなんだと言うのだろう。そんなことより早く。

「もういいから……ベッド行こうよ」

我慢できない、と順也の首に腕を回す。唇を合わせて舌を絡めて視線で誘う。順也は必死にアピールする俺に「可愛いな」と言った。

「順也の方が可愛いよ」

なんとか力をつけた俺は順也を抱えることもできるようになった。少しは男らしいと言われたいところだが。

「やっぱりお前は可愛いよ」

ちぇっ。



「んで、なんであそこで止めたの?」

一番気になっていたことを聞いてみると、順也は「覚えていないならいいんだ」とタバコの箱を握り潰してゴミ箱に捨ててしまった。勿体ない。順也が寝たのを確認してからゴミ箱を覗いてみれば、なんとか銘柄がわかった。

「……あ」

それはアニメのキャラが好んで吸っていたタバコと同じものだった。理解すると同時に思い出した自分の言葉。

『順也からタバコのにおいがしたらどんな感じかな』

特に意味もなく言った放った言葉だったが、順也には何か刺さるものがあったのだろう。やっぱりすげー可愛い。折角眠りについた順也を起こしてしまわないように声を抑える。習慣だなんて嘘だったんだ。本当は、アニメのキャラにより近付けただけ。俺のために。

「ありがとう、順也」

俺のためになんでもしてくれる順也。俺の前でだけすごく可愛い順也。

ずっとずっと。



──愛してるからね。