ずっと前から

 僕には憧れの子がいた。

 いつもキラキラしていて、みんなのアイドルみたいな子だった。

 二つ年下のその子は、僕なんかよりもずっと大人っぽくて、とてもかっこよかった。彼の隣に並んで立てるように、僕は自分を変えたかった。

 伸ばしっぱなしだった髪を切ってセットしてみたり、彼が好きな音楽を聴いてみたり、ぷよぷよだった体を鍛えてみたり。もう少し、もう少しで君に近付ける。

 そんな時、彼は突然引っ越してしまった。

「おれ、ひろのこと絶対忘れないから!」

「ぼくも!」

 あの日交わした約束は、今でも覚えているよ。

 だから。


 そんな目で見ないでよ。



 私立青碧学園高等部生徒会。絶対的な権力を持つ彼らは全生徒の憧れの存在である。その中でも圧倒的な人気を誇るのは生徒会長である剣条真尋。まるでアイドルかのような人気は学校外にも通用するようで。

「きゃー、剣条様ぁ!」

「素敵ー!」

 黄色い歓声を上げるのはすぐ隣にある女子校の生徒たちだ。にっこりと微笑む真尋が手を振れば、数人の女生徒がふらりと崩れた。

「なかなか過激なファンがいるようで」

「黒薔薇隊の皆様よりはマシでしょう?」

 からかうように口角を上げたのは副会長の道明寺音羽。ボーイッシュな女子生徒で男子よりも女子に人気が高い。親衛隊なるものの存在を匂わせてからかいにはからかいで返しておいた。肩を竦めてみせた音羽の肩に一羽の鴉が乗る。当然、この学園もペットの同伴は校則で禁止されている。しかし、彼女には特別な能力がある。その能力の行使に必要なのがこの鴉だ。そのため、目の届く範囲に留めておくことを条件に許されているのだ。青碧学園の中でも数は少ないが、生徒会のメンバーと教師の中には彼女のように異能を備えている者もいる。

 動物を使役する者、薬剤を自在に作り出す者、心を読む者、植物を操る者、変身する者など、それぞれが魔法使いのようであり、そういった面でも憧れを持つ者は多い。しかし、それらの能力を手に入れることは難しく、その方法が公にされることはまずない。とはいえ、本人も気付かぬ内に開花させることもしばしばあり、偶然が重なったものと思われているのが現状だ。

「まーさん、おとちゃん、おはよっ」

 ふわふわと花を飛ばしながらやってきたのは二年生で会計担当の花房弥生。彼女も異能を持つ一人だ。彼女が飛ばしているのは漫画によくあるほんわか女子の演出などではない。触れることだってできる。真尋は自分の方へと飛んできた百合を手に微笑んだ。弥生はとても高校生には見えない幼い容姿だが、青碧学園トップの成績を誇る生徒であり、一年の頃から会計を担当している。更に言うなら中等部の生徒会でも一緒に活動していた。彼女の成績が他の生徒達と比べて飛び抜けていいのは彼女の異能も関係しているようだが、異能の届かない範囲にいても真尋が彼女の得点を上回ることはできなかった。誠一杯努力している証拠である。だからこそ教師達も彼女の異能を咎めることはないのだろう。そうでなけれきっと学園に来ることもできなくなってしまうはずだ。優秀ではあるが、異能の扱いは匙を投げられるほどに下手だった。

 彼女の後に続いて現れたのは、学園内の秩序を守るために構成された執行部である兄妹。兄の和泉は笑顔の素敵な女装男子。妹の和泉はクールな男装女子だ。古くからの慣習で成人するまで異性として育てると丈夫にな子供になると言われているらしい。名家にはよくある家の事情というやつだ。和泉も異能を備えているようだが、その能力の詳細は真尋も知らない。

 二人もやはり人気者で、生徒会全員が揃うとかなり騒ぎになってしまう。しかし、今日ばかりは別行動というわけにはいかない。新入生を迎えるのは生徒会の役目だからだ。

「今年の外入少ないみたいだね」

「でも、面白い子が入ってくるみたいよ?」

「面白い子?」

 青碧学園に通う生徒は、ほとんどが名家の子供である。資産家や政治家、古くから存在する武家の家系など、その名を知らぬ者はいないだろう。外部入学で入ってくる所謂庶民も何かしらの功績を上げている者ばかりなので、全生徒が有名人と言っても過言ではないのだ。

「雛城のガキが新入生だ」

「ガキって。もう少し他の言い方……雛城?」

 音羽の言葉に真尋は眉を寄せた。聞き覚えのある名前だった。

「りおちゃん、今年中等部の二年生だよ?」

 弥生は人差し指を顎に当てて首を傾げる。りおちゃん、というのは雛城家の令嬢で中等部の生徒会に所属している雛城璃鳳のことだろう。彼女を推薦したのは弥生だったのでよく覚えているはずだ。ぼんやりと思い出した真尋だが、確かに一年で抜擢されたほどの実力者で注目されていたような気もする。

「違う、兄の方だ」

「雛城は一人っ子だったろ」

 滅多に他人に興味を持たない和泉ですら覚えていたらしい。まあ、色々問題があったから仕方ないのかもしれないけれど。

「分家にいた子供が本家に戻ったんだよ。かなり優秀らしい。名前は蓮琉。葛西蓮琉だ」

……葛西、蓮琉?」

 掠れた声を絞り出し、鴉の頭を撫でている音羽に視線を向ける。表面上は敵対会社ということになっているが、真尋の父と璃鳳の父はとても仲が良いので互いの家に遊びに行き合う関係だ。真尋もよく璃鳳の父におもちゃを買ってもらった記憶がある。璃鳳ともよく遊んでいたし、家族ぐるみの付き合だ。最近は忙しくなったのか会う機会は減ったものの、パーティーなんかでは顔を合わせていたし、何よりも。

「おじさまだって、知っていたはずなのに」

 中等部に入るまで、隣の家に住んでいた真尋の憧れの少年。その彼の名前が葛西蓮琉だった。とても裕福とは言えない家庭だったが、家族仲が良くていつも笑顔で溢れていた。突然の引っ越しの際には無理を言って学校を休ませてもらった。一度だって忘れたことはない。忘れるはずがない、大きな存在。

「き、きっと何か事情が……

「それか同名異人とか」

 いくらだって紹介する機会はあっただろうに、どうして。神宮寺兄妹がフォローしてくれたが、真尋は訳がわからなくなり俯いて頭を抱えた。あの時感じた、悪意にも似た何かが、再び襲ってくる。

「また、僕の友達がいなくなるの?」

「しゃんとしろ、会長様」

 ばしん、と背中を叩かれる。音羽が真剣な眼差しでこちらを見ていた。

「俺たちみたいなのは、きちんと人を見極めなくちゃならない。お前の父はそれを助けてただけだろ。お前、昔から騙されやすいんだからさ」

 思えば、父に言われて付き合いをやめた人たちはみんな真尋の持つ金と権力にしか興味を持っていなかった。そういう面では父に感謝しかない。まあ、友達と引き離されてしまった、と恨んだことは何度もあるが、冷静に考えれば悪いことなんて何もなかったのだ。

「それは、そうだけど。蓮琉は他の人とは……

 そう、他の人とは全然違ったんだ。憧れで、大切で、大好きだった。

 初恋の人なんだから。

「そろそろ来るよー」

 弥生の言葉をきっかけにみんな姿勢を正す。真っ直ぐ見据えた校門から真新しい制服の生徒たちが入ってきた。ソワソワしている者もいるが、今年は外部入学生が少ないので見知った顔ばかりだ。生徒会の顔を見て安心したように息を吐く生徒たちも多かった。約二名ほど見たことのない生徒がいる。彼らが外部入学生だろう。一人は和咲が知っている生徒だったようで手を振っている。剣道の全国大会で優勝していた生徒らしい。もう一人は。

……何あれ、もっさもさ。前見えてんのか?」

 長く癖のある前髪で顔の半分以上が覆い隠されている。長身痩躯で迫力もない。壁にぶつかるなどぼんやりしている印象。

「あの子がりおちゃんのお兄さん?」

 なんか、全然イメージが違うね、というのは生徒会全員が思ったこと。和泉の言う通り人違いなんだろうか。だって、蓮琉はキラキラしていてすごくかっこよくて、みんなが騒ぐほどの……

「別の意味で騒がれてるなあ」

 清潔感がないとか、この学園には相応しくないだとか、生徒達は口元を押さえて本当に嫌そうな顔をしている。そういう態度もどうかと思うが、少し気持ちはわかる。誰も動こうとはしないので、真尋が少年に近付いた。気配を察したのか僅かに顔を上げたが、やはり顔は見えない。

「ひろ?」

 消え入りそうな微かな声。しかし、その一言で十分だった。

「蓮琉……

 間違いなく彼は真尋の憧れていた少年だ。ひろと呼ぶのは彼しかいない。感極まって抱き締めようとした体を押し返される。強い風に靡いた前髪の間から、はっきりと拒絶を示す瞳が見えた。愕然としていると、蓮琉はそそくさと立ち去ってしまう。再会を喜んでくれると思っていたのに。