仏教では、人はそれぞれ異なる「業」を携えて生まれてくると説かれる。
古い魂とは、多くの業を抱えて生まれてくる魂である。 その業は重く、時に痛みを伴うが
長い修行と経験を重ねてきた魂は、人生の痛みや理不尽に過剰に揺さぶられない。それは心が鈍いからではない。すでに通ってきた道だから、恐れに飲み込まれないのだ。
一方、まだ経験の浅い魂は、同じ出来事に深く傷つき、長く苦しむことがある。
新しい魂は、業がまだ浅い。縁に翻弄されやすく、出会いも別れも偶然のように感じやすい。だがそれは未熟さではなく、それもまた、尊い学びの途中にある姿である。
人と向き合うとき、私はその差を優劣で見ることはない。ただ、それぞれの器に応じた苦しみがあり、それぞれの速さで仏道を歩んでいるのだと知っている。
だから私は、傷を持たぬ者としてではなく、痛みを知っている者として祈る。その祈りは、救うためではなく、本来その人の内にある光が、再び思い出されるように捧げられる。

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