お不動さまのもとで ~兵庫 姫路 水壬庵~

お不動さまのもとで ~兵庫 姫路 水壬庵~

お不動さまのもと、みえない世界の事でお悩みの方のお役に少しでも立てますように…

❇️遠隔の加持❇️

行者がご神仏と一体となり、離れたところからご相談者の方に向けてご神仏のエネルギーをお送りさせて頂きます。

どうか、お心やお体の痛みが和らぎます様に…

場合によっては直接出張しての加持祈祷も承ります。

※加持とは
ご神仏のお力をお借りして、ご相談者の心身の不調を整えることです。
必要なことがあればご神仏からお言葉を頂きお伝えします。

ご神仏の広大な慈悲心を『加』
人の信心が『持』
ご神仏は太陽の光、人を水に例えますと『加持』とは光が水面を照らし、水が光を感じ取ること。
そうして行者はご神仏と一体となり、ご相談者のお背中に手を当てさせて頂きます。
勿論ご相談者にもご自身とご神仏とに向き合って頂かなければなりません。
そうすることではじめて加持は働きます。



❇️myougyoku.k@gmail.com

お気軽にご連絡下さいませ🙇





















何かでミスをすると、心が傷つきます。 

私も、何か失敗すると、 

「どうしてあんなことをしたんだろう」 「なぜ、もっとちゃんとできなかったんだろう」 

と、何度も何度も考えてしまいます。

ひとつの出来事なのに、心の中で何度も繰り返し、自分を責め続けてしまう。

けれど、ある時ふと思いました。

「私は、なんてプライドが高いんだろう」と。 

ちゃんとしなければならない。失敗してはいけない。人に迷惑をかけてはいけない。 

そう思う心も、ひとつの「とらわれ」なのかもしれません。仏教では、私たちを苦しめるものの一つに「執着」があります。 

「こうでなければならない」「こうあるべきだ」「私はこうでありたい」

その思いに強くしがみつくほど、現実との間に苦しみが生まれます。

失敗したことそのものよりも、「失敗してはいけなかった」という思いに心がとらわれてしまうのです。

もちろん、反省することは大切です。 

間違いがあれば認め、必要であれば謝り、次に生かしていく。 

それは自分を責めることとは違います。 

反省は、前へ進むためのもの。 

自分を責め続けることは、過去に心を縛りつけてしまうこと。 

だから私は、失敗した自分にも慈悲を向けたいと思っています。

「よく頑張っていたね」「次は気をつけよう」「大丈夫。また歩いていけばいい」

そう自分に語りかける。

人は誰でも、迷い、間違い、そしてそこから学びながら生きています。

ひとつの失敗で、あなたの価値がなくなるわけではありません。 

どうか、過去の自分を責め続けるのではなく、その自分もまた、懸命に生きていたのだと受け止めてあげてください。

手放せるものは、少しずつ手放す。 

そして今日を、今日の自分として生きる。 

それもまた、心を整えていく修行なのだと思います。