何かでミスをすると、心が傷つきます。
私も、何か失敗すると、
「どうしてあんなことをしたんだろう」 「なぜ、もっとちゃんとできなかったんだろう」
と、何度も何度も考えてしまいます。
ひとつの出来事なのに、心の中で何度も繰り返し、自分を責め続けてしまう。
けれど、ある時ふと思いました。
「私は、なんてプライドが高いんだろう」と。
ちゃんとしなければならない。失敗してはいけない。人に迷惑をかけてはいけない。
そう思う心も、ひとつの「とらわれ」なのかもしれません。仏教では、私たちを苦しめるものの一つに「執着」があります。
「こうでなければならない」「こうあるべきだ」「私はこうでありたい」
その思いに強くしがみつくほど、現実との間に苦しみが生まれます。
失敗したことそのものよりも、「失敗してはいけなかった」という思いに心がとらわれてしまうのです。
もちろん、反省することは大切です。
間違いがあれば認め、必要であれば謝り、次に生かしていく。
それは自分を責めることとは違います。
反省は、前へ進むためのもの。
自分を責め続けることは、過去に心を縛りつけてしまうこと。
だから私は、失敗した自分にも慈悲を向けたいと思っています。
「よく頑張っていたね」「次は気をつけよう」「大丈夫。また歩いていけばいい」
そう自分に語りかける。
人は誰でも、迷い、間違い、そしてそこから学びながら生きています。
ひとつの失敗で、あなたの価値がなくなるわけではありません。
どうか、過去の自分を責め続けるのではなく、その自分もまた、懸命に生きていたのだと受け止めてあげてください。
手放せるものは、少しずつ手放す。
そして今日を、今日の自分として生きる。
それもまた、心を整えていく修行なのだと思います。
