お不動さまのもとで ~兵庫 姫路 水壬庵~

お不動さまのもとで ~兵庫 姫路 水壬庵~

お不動さまのもと、みえない世界の事でお悩みの方のお役に少しでも立てますように…

❇️遠隔の加持❇️

行者がご神仏と一体となり、離れたところからご相談者の方に向けてご神仏のエネルギーをお送りさせて頂きます。

どうか、お心やお体の痛みが和らぎます様に…

場合によっては直接出張しての加持祈祷も承ります。

※加持とは
ご神仏のお力をお借りして、ご相談者の心身の不調を整えることです。
必要なことがあればご神仏からお言葉を頂きお伝えします。

ご神仏の広大な慈悲心を『加』
人の信心が『持』
ご神仏は太陽の光、人を水に例えますと『加持』とは光が水面を照らし、水が光を感じ取ること。
そうして行者はご神仏と一体となり、ご相談者のお背中に手を当てさせて頂きます。
勿論ご相談者にもご自身とご神仏とに向き合って頂かなければなりません。
そうすることではじめて加持は働きます。



❇️myougyoku.k@gmail.com

お気軽にご連絡下さいませ🙇





















私の歩んできた中で、どうしても心に残り続けている出来事があります。 

それは、引っ越しをするたびに、家の前が火事になるということです。

これまでに四度、実際にニュースになるような出来事として現れました。

偶然と言えば、それまでかもしれません。 

けれども、重なる出来事というものには、どこか見えない流れのようなものを感じてしまうのも、また正直な心です。 


私は、火というものに対して、強い恐れを持っていました。

それは単なる恐怖というよりも、どこか深いところに触れるような感覚です。 


あるとき、静かに座している中で、ひとつの映像が現れました。
それは戦国時代の火にまつわる光景であり、言葉では言い表せないほどの重みを伴うものでした。

その瞬間、私は思いました。
人は時に、自らの内にあるものを、形として “見せられる” ことがあるのではないか、と。

そしてそれは “今の自分に必要なかたちで現れているもの” だと。


もしこれを “業” として捉えるならば、
それは責めるためのものではなく、
気づくために現れるものなのだと思います。
火は、破壊であると同時に、浄めでもあります。
恐れの対象でありながら、同時に強い力の象徴でもあります。
だからこそ私は、この出来事を
“恐れるべきもの” としてではなく、
“向き合うべきもの” として受け止めています。

不思議な体験には、説明のつかないものもあります。
けれども、その一つひとつに飲み込まれるのではなく、
静かに手のひらに乗せるように見つめていく。
その在り方こそが、私にとっての道なのだと、今は感じています。



行者の役目  


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