人は不安や心配が続くと、胸の奥に“根”が張りつくように、思考が離れなくなる。
そんなとき私は静かに目を閉じ、こう誓う。
“これで考えるのを最後にする”
これは逃げるための言葉ではない。
胸の深い場所に固まった“心配の根”に対して
最初の印を切るような宣言だ。
そして私は神仏へ向き直り、胸の前で手を合わせる。
“この心配の根を、どうかお力添えのもと抜かせてください”
自分ひとりでは届かない領域へ、神仏のお働きがそっと入り込む。
その気配が胸に触れるたび、固く張りついていた根がわずかに緩んでいく。
そして、祈祷師として私が確信していることがある。
普段から神仏との繋がりを強くしていると、
ここぞという時必ずお助けくださる。
その繋がりがあるからこそ、祈りを重ねた時 “ふっと抜ける瞬間” が訪れる。
抜けたあとの胸の中には、静かな空気と、見守られたような光だけが残る。

私は “現実を動かすため” だけを求めて祈るのではない。
自分の心が神仏の御心に少しでも近づけれるように祈るのだ。
見我身者発菩提心:我が身を見る者は、菩提心を発し
聞我名者断惑修善:我が名を聞く者は、惑(迷い)を断じて善を修す
聴我説者得大智慧:我が説(説法)を聴く者は、大智慧を得
知我心者即身成仏:我が心を知る者は、即身成仏せん