
若い十一娘の回復は目覚ましかった。
翌日には西跨院の庭や花園をゆっくりと散策して疲れも見せなかった。
十一娘は深呼吸した。
「やはりいいわね…この木々と青空、風、空気」
「はい!」
冬青は更に浮き浮きとしていた。
奥様が輝いて見える。こんな日々に戻れるなんて!
「十一娘」
令宣の声に十一娘が振り向いた。
令宣は朝議から帰ると西跨院に直行した。
「旦那様…」
令宣は妻の手を取って自らの腕に絡ませた。
令宣は眉をひそめた。
やはり前より痩せている。
令宣は未だに彼女が自分の留守中に居なくなるのではないかと言う恐怖心から抜け出せないのだ。
今日も朝議が終わるや否や話しかけようとする重臣達を振り切って帰宅の途に着いたのだ。
「大丈夫か?大事ないか?」
十一娘は笑って答えた。
「旦那様、お帰りなさいませ。大丈夫です…そんなに甘やかさないで下さい。十分休みましたから寝過ぎて背中が痛くなりました」
令宣の顔色がまた変わった。
「なに?背中が痛いのか!さあ早く部屋に入れ。私が擦ってやろう」
そう言うや彼女を引っ張って行こうとした。
十一娘は笑顔で引き留めた。
「旦那様、ものの例えですよ。今はこうして外の空気を吸っているのが気持ちいいんです」
冬青がハッと気付いて庭に置かれた陶磁器の椅子を勧めた。
「旦那様、奥様。今ここにお茶をお持ちします」
「ありがとう。お願いね」
「不覚だった。そう言えばお前が長いあいだ日の光も射さないような場所に閉じ込められていたのを忘れていた」
十一娘は恥ずかしそうに微笑んだ。
「そんな…大袈裟です」
令宣はいつも彼女は謙遜し過ぎると思っていた。
死の恐怖に晒されたと言うのに。
令宣は両の掌で妻の手を温めた。
「いつもお前は謙遜だ。此処の誰よりも艱難辛苦を受けたのだ」
「言い過ぎですよ。徐家が区家から陥れられた時の苦しみに比べれば…」
「うむ、実はお前の回復と事件の収束を見れば慈安寺に行き法事を営もうと母上と話し合っているんだ」
「それは良い事ですね」
「うむ…それともうひとつ」
「なんでしょうか」
令宣の口から何か良い事が聴けるのではと十一娘は期待した。
令宣の語った話はその期待に違わぬものだった。
「母上から話があった。お前のお母上、呂娘の位牌を我が家の祠堂に受け入れて祀りたいと」
「・・・」
十一娘は絶句した。
「母上からの提案だ…断らないでくれ」
「旦那様…それでは余りに…」
「我が家の親戚筋が余杭に居る。随分高齢になったが呂娘を養女として系譜に載せる事を快諾してくれた。それに、実はこの話は今急に出たものじゃない。実行に移そうとしていた矢先に今回の事件が降って湧いたと言う訳なんだ」
「まあ…」十一娘は驚きの余りに言葉が紡げなかった。
「今回の件で母上が早くこの手続きを進めろと言って聞かないんだ。なによりお前は徐家の誉れだからな」
「旦那様!私…何とお礼を言っていいか…」
涙ぐむ十一娘を令宣が優しく抱き寄せた。
その様子に茶菓を載せた盆を持って行こうか行くまいか冬青が迷いながら伺っているのだった。
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