「旦那様、今日は仙綾閣で出資者の皆さんと大事な話し合いがあるのでいつもより少し遅くなります」

「大事な話し合いとは?」

「出資金に応じて配当を出すのでその打ち合わせをするんです」

仙綾閣は既に多くの出資者が居る。

出資者の身分は様々だった。

難民出身の繍女の中にも給金を貯めて仙綾閣の為に出資したいと申し出る者も多く出て来て、簡先生と十一娘はそれを喜んで受け入れていた。

そうする事で経営に参画し喜んで仕事に励む繍女達が増えた。

自ら新しい図案を考案したり市場でどんな柄が喜ばれるか調査したり、そんな繍女達の成長が嬉しかった。

令宣は感心した。

「かつての被災民からは想像もつかない目覚ましい活躍だな」

「ええ、彼女達の中には経営者としての才覚のある者も居て色んな案を出してくれます。簡先生は彼女達が希望すれば独立も応援すると仰っています」

「流石だな…お前や簡先生は心が広い…」

「それが刺繍の技を広めて業界ばかりかこの国のお役に立てれば…と簡先生は考えてらっしゃいます」

彼女達の努力で刺繍品の輸出量は大幅に増えている。

令宣は湯呑みを置いて愛おしげに妻の頬に指で触れた。

十一娘は謙遜しているのだ。

「まさしく陛下も絶賛する天下一繍房だな。簡先生も尊敬すべき大きな方だが…謙遜するな。お前が後押ししてるんだろう?」

十一娘は笑った。

「旦那様…かつての仙綾閣の騒ぎを覚えてらっしゃいますでしょう?最後には旦那様が被災民を装った工作員を炙り出して下さいました…」

令宣は妻の手を繋ぐと慰めるように甲を撫でた。

「ああ勿論覚えているとも…あの時、お前は大変だった。よく耐えてくれたと思う」

「あの時思ったんです。経営者が雇った人に経営内容を伝えていればあんな悪い人達に彼女達は騙されなかったのではないかと…だから簡先生と話し合ったんです。今後は繍女達にも帳簿を明らかにして誤解のない明朗な仙綾閣にしてゆきたいと」

令宣は頷いた。

十一娘は繍女達も帳簿が読めるように知識を学ばせたいと言っていた。

「良い事だ。そもそも簡先生が仙綾閣を立ち上げた動機は儲けではなく貧しい女達が自立出来るように…だったな?」

「はい…仙綾閣はその役割を果たしている限り皆さんが応援してくれるのでいつも賑わっています…旦那様も応援して下さってますから」

令宣の頬が照れて緩んだ。

「ははは…私はただお前がやりやすいように協力するだけだ…家の事は心配するな」

「ありがとうございます」

令宣は十一娘の手を離すと立ち上がった。

「今日帰りに仙綾閣に寄る。お前の手が空いたなら一緒に帰ろう」

「ホントですか?嬉しいです」

妻は令宣の身形を整えると全身を見渡して点検した。

「旦那様…お気をつけて行ってらっしゃいませ」

「ああ、行ってくる…」

そう言うと控えていた照影を振り返った。

「照影、行くぞ」

照影は書類の束が入った荷物を受け取った。

「はい!旦那様」


旦那様の後ろ姿を見送って十一娘はやっと一人になり

書き物机の前に戻った。

今日の会議について思いを馳せていると…

すると突然玄関から忙しない足音がして再び令宣が大股で入って来た。

「忘れ物だ」

令宣一人が入って来るとつかつかと十一娘の傍に近づくなり彼女の背中を強い力で抱き寄せた。

「え?」

夫はにやりと笑ったかと思うと妻の唇を奪い二度三度と口づけをした。


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