「十一娘、、眠れないのか?」
何度も寝返りを打つ妻に令宣が話し掛けた。
「旦那様、起こしてしまいましたか?」
「いや、私も眠れないのだ…」
令宣はそう言って半身を起こした。
虫の声が庭から微かに聴こえる。
「お水を飲まれます?」
「水を呑むか?持って来てやろう」
二人とも同時に掛け布団を捲った。
二人は一緒に笑った。
「お互いに直ぐに眠れそうにもないな…」
「そうですね…」
「六角堂まで行ってみるか、、」
「はい、そうしましょう」
令宣は十一娘の手をしっかりと握って歩いた。
「足元に気を付けろ…」
月明かりが煌々と照らす石畳から
六角堂に入って座ると気持ちの良い風が通り過ぎた。
「何か考え事をしていたのか?」
「今日母の位牌に祈っていました…無事にこの子を出産出来ますようにって…」
少し目立ってきたお腹を十一娘は大事そうに撫でた。
令宣の手も自然と妻のお腹に当てられた。
「私達の初めての子だ…私もいつも祈っている…」
私達の子と言われたのがとても嬉しい。
令宣の手が温かい。
十一娘は月明かりの下で微笑んだ。
「…それで母の位牌を見ているうちに二人の姨娘の事が頭に浮かんだのです…」
令宣は黙って頷いた。
「母の位牌は旦那様のご厚意で西跨院に置きましたが二人の位牌の事が気になりました」
「私の母も姨娘として苦労しました。ですから私は母が亡くなってまで羅家で妾として居るのは辛いだろうなあと思いました……
幸いにも振興兄と旦那様のお許しがおりて此処に持って来る事が出来ました」
「だからきっと秦姨娘も亡くなった後までこの屋敷に妾として留まるのは嫌なんじゃないかと思いました…」
令宣は頷いた。
「私も暫く前からそれを考えていた。そこで慈安寺に祠を徐家として一室借りそこに安置しようかと思っていたのだ」
「旦那様もお考えでしたか」
「冬姨娘も同じだろう。二人の位牌を慈安寺にお祀りすれば琥珀も参りに行ける」
「琥珀も慰められると思います」
「冬姨娘の事は…」
秦姨娘の事も冬姨娘の事でも
十一娘は令宣に自分を責めて欲しくはなかった。
いくら気に病んでも彼にはどうする術も無かった。
また姨娘達も厳しい身分の縛りの中で抗う力を持たなかった。
「旦那様…どうかご自分を責めないで下さい。彼女が名分上姨娘になったのは決して旦那様のせいではありません。大姉の謀ごとだったのです…」
令宣は妻の手を包み込むと微笑んだ。
「お前が分かってくれていて良かった」
「勿論です…」
令宣は月明かりで暫し妻の顔を見つめていた。
「冷えるといけない…戻ろうか?」
「はい…」
帰り道は十一娘が令宣の腕に縋るようにして歩いた。
中空にある月が寄り添う二人の影をくっきりと石畳に映し出した。
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