十一娘はそれを寝台の傍らに隠れて見ていた。


「珠児…」

令宣が褥の上で女の名を呼ぶ声は欲望に乱れて掠れていた。

彼の掌が珠児と呼ばれた女のぴんと張り詰めた乳房を揉みしだく。

「嗚呼…侯爵様…あゝ…」

昇り詰めたのか女の喘ぎ声がより高くなる。

令宣は烈しい口づけでその唇を塞いだ。

白い太腿が波のようにうねって蜜をたっぷりと含んだ花園が彼を更なる悦楽へと誘う。

女の嬌声がその怪しい薄暗い部屋に響いた…

止めて!

旦那様止めて下さい!

十一娘は叫ぼうとして声が出ない。

「はっ!!」

夢……!

な、なんて夢なの?…

何故こんな夢を見るのかしら。

色んな意味であり得ない…。

茫然としながら

十一娘は傍らに眠る夫を見た。

すうすうと随分と平和そうな顔で眠っておられるじゃないか。

そういえば、旦那様は昔のように悪夢を見なくなったのかしら。

最近は至極安らかな寝顔をなさっている。

私にこんな酷い夢を見させておいてあんまりだわ…

十一娘は急激にムカムカと腹ただしい気分に襲われた。

こんなに感情的に高ぶったのは久し振りだ。

旦那様はまだ眠ってらっしゃるし…

よおし…

ギウ〜〜〜〜〜〜っ

彼女は布団に手を入れると思い切り令宣の太腿をつねった。

「うっ!!」

令宣が痛みに驚いて途端に目を醒ました。

「何をするのだ!十一娘…お前がやったのか?痛いじゃないか!?」

同時に十一娘もはっとした。

私ったらなんて事を…

令宣は布団を剥ぐと下履きをずらしてその部分を見てさすった。

「見ろ、朱くなってるじゃないか…一体何を考えてるんだ…寝ぼけてるのか?」

「寝惚けてません…」

「なら、何でだ?」

「腹が立ったのです」

「何?」

令宣はすっかり起き上がって寝台の上で胡座をかいた。

「私に腹を立てたのか?言ってみろ。私が何をした?」

「さっき夢の中で旦那様が」

令宣は顔をしかめて信じられないと言った表情になった。

「夢だと?」

「あの埠頭の茶店の女主人と…」

「…もしや珠児の事か?」

「その名を出さないで下さい…聞きたくありません」

令宣の目は驚きに丸く見開かれた。

「そのう…女主人と…旦那様が…」

「私が?」

「そのう…あれです…あれ…ほら」

令宣はやや話が見えて来たので若干余裕の声で畳み掛けた。

「あれじゃ分からんぞ」

十一娘は真っ赤になった。

「あれはつまり…あれです!」

令宣は抓られた痛みも忘れ完全に面白がっていた。

「お前の言いたいのは男女の交わりの事か?」

「そ……そそその通りです」

喋って居るうちに頭が冷えて来たのか先程の勢いは何処へやらしどろもどろになって来た。

「私がお前以外とそんな事に及ぶ訳が無かろう…お前の勝手な夢だろう?」

「夢でも腹が立ちます!だからこのイライラを解消したくて…罪のない旦那様を…」

「そうか…よくそんな何の根拠も無い出鱈目な夢を見れたものだな」

「ごめんなさい…」

十一娘は殊勝にうなだれていた。

令宣はその肩に手をかけた。

「いや、待て…私もあの時一服盛られてお前に誤解を生じさせるような事態を招いてしまったからいけなかったのだ…一家の主として在るまじき姿だ」

十一娘は今や小さくなっていて令宣の笑いを誘った。

「旦那様…発作的な行いをしてしまってごめんなさい」

令宣は不敵な笑いを浮かべた。

「ところで私はお前の夢の中でどんな事をしていた?」

妻が夢で見る男女の交わりとはどんなものか興味深い…。

「そそそんな事!」

虐めがいがある。

こんな愉快な事はない。

令宣は妻に抓られた事すら嬉しくて堪らなかった。

「それを有体に白状すれば赦してやらない事もない」

「絶対に言えません」

「例えば…こんな事か?」

令宣は妻の寝間着の襟に手を差し入れた。

「あ!…」

夜明け前から夫のスイッチを入れてしまい墓穴を掘った十一娘であった。