介護リスクと離職可能性-企業支援のあり方を考える-(5) | (仮)アホを自覚し努力を続ける!

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アウグスティヌスの格言「己の実力が不充分であることを知る事が己の実力を充実させる」

西久保 浩二(山梨大学生命環境学部教授)



5. 離職可能性の要因構造


 従業員の介護離職の要因はどのような構造になっているのだろうか。


 筆者は、離職可能性に関する要因分析を行うにあたって、両立上の「リスク」と「リソース」という二要因から捉えることが必要と考えている。


 両立上のリスクの第一は、老親介護のリスクそのものの大きさ、負荷の強度である。要介護者が1名なのか、複数なのか。また、要介護度がどの程度なのか。さらには、認知症の発症があるか、など従業員が直面する要介護者による直接的なリスクの深刻度である。このリスクが深刻であるほど、離職可能性が高まる。加えて、家族関係や家庭環境にもリスクは存在する。例えば「主たる担い手」という役割を家族・親族内で誰が該当するか、といった人間関係がある。従業員本人がその当事者となれば高いリスクとなる。また、両立という観点からは職務特性、職場環境もリスクとして捉えられる。繁忙で長時間労働が強いられる働き方では、両立は困難となり、離職の危険性を高めるであろうし、交替要員の確保が難しい職務のケースなども同様である。あるいは、転居転勤が高頻度で行われる職務や、夜間交代勤務などもリスクとなろう。これらの職務特性、職場環境に関する諸リスクも離職要因となる。


 第二は、老親介護と仕事との両立実現に貢献しうる様々な資源(resource)を捉えることが重要となる。例えば、直接的な介護労働に就ける労働力は重要な人的資源である。要介護者の配偶者が存命で健常であれば、子達にとって両立問題は一定期間、軽度のものとなる。あるいは、複数の兄弟姉妹が近隣に居住しているならば、デイケア施設等への送迎が分担できるなど両立に貢献する。あるいは、勤務先企業から提供される様々な支援制度も経済的資源や時間的資源となる。半日・時間単位の有休、介護ヘルパー費用補助制度、要介護の転居補助金、在宅勤務やフレックスタイム制度などの諸資源である。


 個々の従業員がこれらの両立上のリスクとリソースをどのように保有しているかが、鍵となり、複数リスク、リソースが多重的に、そして多様なパターンとして保有されている。この保有パターンに応じて有効な支援は異なることになる(図表6)。この特定が重要である。




 老親介護問題は、これからの労使にとって最大のテーマのひとつと考えられる。出産・育児との両立問題と比較しても、その多様性、支援の難易度、経営への負のインパクト等多くの面で上回るリスクであり、「子のない大人はいても、親のない子はない」という言葉の通り、全ての従業員にとっていつかは直面する可能性が高い普遍的リスクとの認識が求められる。


 また、社会システムとして政策的に介護への対応を考える論理と、企業経営上のリスクとして従業員の老親介護に対応する論理が異なると考えるべきであろう。社会的には施設インフラ整備が不十分であることから、在宅介護が指向されている。しかし、個々のケース、特に多忙な中核人材のケースでは、在宅では事態を悪化させ、両立をかえって難しく、深刻なものとし、自発的離職、つまり人材喪失という企業にとって最悪の事態に陥ってしまう可能性も高い。できるだけ早く施設を確保することが両立のために最も必要な対応となるケースも多い。企業は人材確保を目的とする方向性、シナリオでの支援を基本戦略とすべきである。