信長の野望・創造・PK・プレイレポート・最上家・39(各戦国大名の戦力と、伊達家の侵攻!) | 株式投資家の暮らしと夢

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永禄3年3月。

最上家と伊達家は交戦状態に陥った。

最上家はそれを望んではいなかった。

蝦夷地の本城である徳山館は攻略したものの、交戦状態の南部家を滅ぼす目途がまだついてなく、伊達家と戦う戦力は有していなかったからだ。

だが伊達家からしたら、この時が最上家を滅ぼす最大のチャンスだった。

間者の報告から、山形城の主力部隊が東方に出征していることはつかんでいた伊達晴宗は、名生城が攻撃を受けると知ると、すぐに岩城重隆隊と鬼庭左月斎隊を国境に派遣した。

機会があれば、戦をためらうなと言い含めて。

 

 

 

 

 

永禄3年3月。

名生城を攻略した九戸政実隊は胆沢城へ帰還しようとしたが、この時に伊達家の領内を通過したことが戦の発端だった。

九戸政実隊は攻め込む時は電光石火の進軍で伊達家領内を通過出来たが、復路はそうはいかなかった。

往路とは違い名生城を攻略したことで悠々と帰還の行軍をする九戸政実隊を、国境警備を担っていた岩城重隆隊は躊躇なく襲撃した。

長年両国に戦がなかったことから、九戸政実は伊達家は行軍を見逃すものと思っていた節も

あったようだが、現実はそうはならなかった。

油断と攻城戦の疲れもあってか、九戸政実隊はすぐに戦意を失い、敗走した。

岩城重隆隊は近隣にいた鬼庭左月斎隊と共に、名生城へ進軍を開始した。

 

 

 

永禄3年3月。

伊達家と開戦したという情報は、即座に各地に散らばる最上家の武将たちにも伝わった。

山形城にいる筆頭家老の氏家定直の元にも、その情報は伝わったが、さすがの氏家定直でも、その重大さは理解できていなかった。

その話を聞いても、山形城の農業区画の拡大を指示していた。

 

だが、登用されたばかりの池田盛周などは手柄を立てる機会とばかりに前線の鶴ヶ岡城への異動を求めたり、猛将で知られた延沢満延は天童城の城主の任を願い出り、また檜山城城主の安東愛季のように山形城へ行って事態を把握しようとしたものもいた。

 

 

永禄3年3月。

九州での隈本城での攻防は、救援にきた竜造寺家の鍋島直茂という武将の活躍もあり、大友家の勝利に終わった。

ただ島津家は岡城へも当主・貴久らが進軍しており、戦が終わる気配はなかった。

 

 

 

 

 

 

この頃の主だった戦国大名の戦力を確認してみよう。

蠣崎家4万石(兵力1千)、最上家85万石(兵力2万5千)、南部家14万石(兵力5千)、伊達家138万石(兵力4万3千)、長尾家108万石(兵力4万2千)、佐竹家52万石(兵力1万2千)、北条家218万石(兵力8万2千)、武田家105万石(兵力4万)、今川家52万石(兵力2万6千)、松平家40万石(兵力1万4千)、織田家79万石(兵力2万8千)、本願寺家84万石(兵力1万8千)、朝倉家48万石(兵力1万1千)、浅井家14万石(兵力7千)、六角家36万石(兵力9千)、北畠家33万石(兵力1万)、足利家69万石(兵力1万4千)、三好家193万石(兵力4万5千)、山名家16万石(兵力7千)、浦上家56万石(兵力1万6千)、毛利家98万石(兵力4万9千)、大内家29万石(兵力1万1千)、長宗我部家34万石(兵力9千)、大友家130万石(兵力2万5千)、竜造寺家60万石(兵力1万4千)、島津家130万石(兵力3万2千)となっていた。

戦が続く大名は、石高の割に兵力が少なくなっていた。

とりわけ最上家にとっては、伊達家の戦力さは大きく、お家勃興以来最大の危機がおとずれようとしていた。

 

永禄3年3月。

鬼庭左月斎隊らは名生城を包囲し、瞬く間に城は落城した。

 

最上弱し!

伊達家にこの戦の第一報が伝わるとすぐに、当主・伊達晴宗は大号令を発した。

全軍で最上を討て!

永禄3年3月。

最上家の本城・山形城に向けて、総勢14800の兵が出陣した。

永禄3年3月。

天童城に向けて、総勢2500が出陣した。

永禄3年3月。

真室城に向けて、相馬盛胤隊兵3000が出陣した。

永禄3年3月。

最上家最大の危機がおとずれた時、最上家の主力部隊は蝦夷地の茂別に籠る蠣崎家と戦をしていた。

 

永禄3年4月。

徳山館にて、最上義守は山形城に残る兵力を天童頼貞に尋ねた。

2000ほどかと思われますと頼貞は答えると、その評定の場は静まりかえった。

さらに、お主ならいかほどあれば山形城を落とせるかと尋ねられた頼貞は、普通の城なら5000もあれば十分、天下の名城・山形城でも1万あれば必ずと答えた。

義守はそうよのとつぶやき沈黙した。

誰もが伊達にそれだけの兵力があることはわかっていた。

わかっていたのに、誰も備えをしようとはしなかった。

もちろんその備えしていたら、遠征する兵力などどこにもなく、領土拡大など出来るわけもなかったわけだが。

 

何もかも終わった。

誰もがそう観念した時、一通の書状が義守の元に届いた。

それは山形城に入城していた安東愛季からのものだった。

城内の様子が、まず書かれていた。

城主の氏家定直は、案外と平静のようだ。

それと私見だがとの断りのあとに、とある策が書かれていた。

朝廷に使者を立てたらどうかという策だった。

 

 

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