明日の退院に向けて、秒読みになりました。

やり残したことを最終チェック。

明日お会いできないお世話になった方々にご挨拶。

片麻痺からの生還に挑戦 ~川平法密着体験中 片麻痺からの生還に挑戦 ~川平法密着体験中

夕方ST室にキャラメルのムースを持ち込んで、皆様に振る舞わせていただきました。

みんなお菓子が好きなのですねえ。

女性だけでなく男性も黙々と食べていました。

おいしかったかな?


ルクセンブルグに住んで本物のお菓子の味を知ってから、MAMAは狂ったようにお菓子の勉強を開始しました。

子供達は物心ついてからずっとMAMAの手作りお菓子を食べてきました。

お菓子パーティーで、沢山の人間関係が構築できました。



MAMAに早く良くなってもらって、大々的にお菓子パーティーがしたいです。


とりあえずMAMAはお菓子教室再会が当面の目標。




片麻痺からの生還に挑戦 ~川平法密着体験中-お菓子
川平法のテーマから大きく逸脱していますが、ご勘弁を。


お世話になった先生方に送る『手作りお菓子の詰め合わせ』が完成しました。

合計10箱と30袋。

後はキャラメルのムースを2台作っておしまいです。


とても不思議な縁...

アメリカでインターネットで調べて霧島リハビリテーションセンターにたどり着きました。

何とか潜り込ませていただいて、鹿児島それも霧島という地に腰を据えてリハビリに専念していました。

勿論初めての地。

ところが偶然、MAMAのいとこのTAKEちゃんが国分 (霧島市) 駅近くの山形屋の前にあるブロッサムというヘアーサロンの店長をしていました。

私が最初の3ヶ月を過ごした空港の近くに、TAKEちゃんは住んでいました。

目と鼻の先。

病院にお見舞いに来てくれて、MAMAの髪をおしゃれにカットしてくれました。

そして今日、彼は鹿児島空港ホテルで結婚式を挙げました。

お幸せに!!

MAMAと二人でホテルに行って、親戚の人達に挨拶をしてきました。






22日の退院を前に、最後の週末を迎えました。

月曜日まで休みなので、PAPAの暮らしている別荘に外泊してお世話になった先生方にお配りするお菓子作りに大忙しです。

4種類の焼き菓子を40人分。レモンケーキとブラウニを20人分。

キャラメルのムースを2台作ります。

4種類の焼き菓子は土曜日中に袋詰め完了。

MAMAのレシピで生地を作って寝かせておいたので順調です。


明日は入院中にお知り合いになったKさんのお宅に遊びに行ってきます。

病気にならなければ絶対に会うことの無かった人々と不思議な出会いが沢山ありました。


これは絶対に導かれた出会い。

大切にしてゆきます。

実は月曜日にMAMAが転けました。


それも病室内の平らな床で、テーブルの脚に杖をひっかけて転けました。

『後戻りだけはしたくない』との思いで、安全ベルトも常にしていました。


でも反面、この病院で転けたことがなかったので根拠のない過信があったのだと思います。

私はいすに座って本を読んでいました。

『あっ』というMAMAの声に振り返ると、麻痺側にスローモーションで転けるところでした。


足を捻ったのと、麻痺側の腕を下敷きしてしまったのが心配でしたが、二日経って何とか平気のようです。

打ち身は痛いようですが...。


安心した頃に起こる事故、本当に緊張を解いてはいけないと思いました。


大事に至らないことを祈って、ドキドキの2日間でした。

22日に退院が決まり、その後の為の準備中です。

意志を表現できず、手足が不自由であったMAMAの近くで支えたことで、沢山の収穫がありました。

もちろん失ったものは量り知れませんが、後戻りは出来ないのですから前に進むしかありません。


1.病気とのつきあい方を知った

2.『動きを作る』という取り組みを知った

3.同じ痛みを持つ人々と沢山会うことが出来た

4.川原法を熟知できた

5.川平法を家族でマスターできた

6.沢山の生還者と会うことが出来た

7.川平教授と直接お話しすることが出来た

8.リハビリの世界に『私に出来る事』を見つけた

9.家族が一つになった

10.MAMAの為に尽くせた(これからも)


これから2年3年、10年と掛かると思いますが、絶対に諦めません。

なぜならば、諦めずに生還した人に沢山会ったからです。


最新の成功体験を常に発信してゆきたいと思います。

諦める必要がないことを、沢山の人に知らせたい。


みなさん、是非お手伝いをお願いします。