会津大学、先端技術研究所に行ってきました。これで産学連携がいつでも出来る体制になり、また就職課にもご挨拶。
会津大学はITでは有名な大学ですが、副学長は中国の方、教授の6割は外国籍でした。
ここも国際色豊か。
明日はここの大講堂で福島県委託研修講師としてまた登壇してきます!
長女の学校公開に行ってきました。
小学校四年になるそのクラスは多くの問題を抱えていて、不登校の子もいたり、娘も最近は学校にいくのを嫌がるようになりました。
実際行ってみると、
授業中に余計な発言をし続ける子や、歩き出す子などがいて、びっくりしました。
叱らないのか?先生?
注意はすれど、さらっと・・・、これが平成流なのか?
その場は仕方ないと思った。
娘は他の子から嫌がらせを受けていて、以前に先生にそれを進言して多少変わったものの、行為そのものは止むことはなかった。
その子は、他の子の不登校の原因でもあり、ここ数日も問題行為が多く先生からも叱られている。
また、その子の消しゴムには、その子の仲間の子の名前に、+「死ね」とかかれているらしい。
先生はそれも知っているし、それを知った先生は叱ったらしい。
僕は、学校公開に際し、先生にこれらの事を伝えたところ、
「児童自ら相談してほしい、直接、被害者と加害者の児童から聞きたい、言い分も両者あるので」と言われた。。
さらに僕が担任の先生には相談しづらいこともあるのでは?と伝えたら「保健室の先生などに・・・」と答えた。
少なくとも、僕の娘はこれらの問題で少し学業に後れを取る事態になってしまった。
安心して学業の場を作るのが教師の役割であって、この回答は僕の期待したものではなかった。
また、学校という狭い社会がすべての子供にとって、その場のTOPである教師に言えない事もあるだろう。采配によって時にはそれが仇となり、さらなる被害を被るときもあるというのは、被害者側にとっては想像に容易いはずだ。
大人はそれらを含めて「察する」事で問題を未然に防ぐ事が大事なんじゃないだろうか。
しかも、こんなことは、大人の社会でも組織でも当たり前の事だと思うし、
同学年でも各クラスで教師指導の仕方に差があり、結果として教師の質依存になり、それがクラスの問題の差になっている気がする。
だから、あの先生いいねとか、悪いとか、あの先生になってて変わったとかなってしまう。
要は、学校組織のしくみが出来ていない。 学年単位での児童の品質目標、何が悪くて、何が良いのか、どう叱るのか、どう対処するのか、これが必要だ。各先生に任されてしまっては負担だろう。
今日、僕は学校見学の感想として意見書を記載したので、ここから先はどうなるか予想がつかない。
小学校教諭の姪っ子にも相談した。
いずれにせよ、毎回毎回テレビで繰り返される、いじめ自殺などの学校側の言い訳がよくわかった。
知らなかった・・・いや、知る気がないのではなかろうか。
教師個人を攻める気はない。組織的価値観がないのだから、個人的価値観で動くしかなく、問題の申請がなければうごけないのも正しいし、両成敗の原則も正しい。
正論だが、進言のない子は問題なしとする、発言の強い子を優位にするような、事実から目を背けたり、それらを未然に防ぐ「個を見て察する事」を欠いてしまっては、教育そのものが行えない状況になっているとしか思えない。
当然、いじめの犠牲者もこれでは無くなるわけがない。
昨日、同級生が他界しました。
彼女とは二週間ほど前に飲み会で会ったばかり。
その際には、元気なだったのに、あまりに突然すぎて整理がまだ付かない。
多感な中学生時代、男女入り乱れてクラス活動だの悪いこともしたし、劇怖の先生に勿論叱られもした。
高校になり飲みすぎて仲間の家に女友達を送ったら父親仁王立ちされビビりまくったり。
勿論、仲間内での恋の話も良くしたな。
色々な共通の思い出があり、僕にとってはこれも人生で輝いていた時間でした。
ご主人から連絡をもらい、ずっと癌との闘病だったらしい。最後まで親にも言わず、勿論2週間前の僕らがそれを知る由もない。
この件については、人はこんなに急に逝ってしまうんだという事がまだ理解できずにいます。
以前、学生時代にずっとやってたバンドのドラム担当も20代の時の事故で失ったけど、今回はまたこれとは違う感情です。
人は死へ向かって歩いているので、いつかは必ず全員が体験する事。これはビルゲイツであろうと、マイケルジャクソンであろうと同じ。
その意味では先に逝った彼等彼女もまたその一人であったんだと思う。
ただ、最後に僕らに辛いであろう体であっても何も言わず僕らの笑顔を見に来てくれた彼女からその選択の重さと彼女なりの生き方を見せてもらった気がします。
自分がそんなことができるかどうか、わからない。
また僕は僕にとっても大切な思い出を残してくれた友人に感謝したい。
自分も今の仲間や子供たちにも体験を通じて思い出を残してあげたい。それは日常のちょっとした出来事でも十分、自分もそうだから。そんな事を教えてくれた気がします。
ありがとう。ちょっと早すぎるよ。