本日のテーマ
【努力を意義に】
わたしの知人の体験談です。
毎日、商店街の掃除をやろう! と決めたのですが、なかなか続きません。
何かをやろうとして、目標を決めて努力はするのですが、続かないこともあるものです……。
ところが、あることを機に“毎日が喜んで積極的にできるようになった”のです。
周りから、「努力していますね!」と言われることもしばしばあります。
しかし、当の本人は少しも努力していると思ったことがなかったそうです。
では、なぜできるようになったのでしょう?
それは、ある時から“やる意義”を感じるようになったのです。
今まで掃除だけに目を向けて商店街をきれいにしようと思っていましたが、掃除をしながら気づきはじめます。
通り掛かりの人から、
御苦労さま…
ありがとうございます…
と声がかかります。
また子どもたちに、最初は「おはよう」と声をかけてもあまり良い反応は返ってこなかったのですが、徐々にあいさつができるようになっていきました。
今では子どもから元気よく「おはようございます」と、あいさつされるようになりました。
掃除をすることにより、単なる掃除だけでなく、
人が喜ぶこと…
人に感謝されること…
人があいさつをしてくれるようになったこと…
ココに“やる意義”を感じたのです。
それは、“自分の行動が人に影響を与えていることの実感”だったのかもしれません。
努力ではできなかったことでも、意義を感じることでできるようになったのです。
それは、きっと“やることへの値打ち”という気づきが追い風を吹かせ、手助けしてくれたのかもしれません。
意義とは…
その事柄にふさわしい価値。値打ち。
わたしも同じような体験があります。
事故でケガをしたときのことです。
そのケガは左足を切断する一歩手前ほどの重傷でした。
後遺症で足の筋が伸びなくなり、歩くのも不自由になった時期がありました。
なんとかしなければいけないと思い、ジョギングすることを決意したのです。
当初は走るどころではなかったのですが、だんだん体が慣れてきました。
すると、走ることにより足の調子が良くなっていきました。
それだけではありません、体全体の調子も良くなっていったのです。
ストレスもなく、食べ物がおいしい、健康を維持できる、メタボの心配もない…
このとき、走る意義感じ、その意義がわたしを以前よりやる気にさせてくれたのです。
そんなわたしを周りの人は努力していると言って下さることもありましたが、当の本人は努力をしているつもりはありませんでした。
人間は、“意義を強く感じ、自分が納得したとき”に無条件で突き動かされて、できてしまうのかもしれません。
逆に考えると、この条件(意義を感じ納得いく)を満たすことにより努力ができてしまうことになります。
努力してもなかなかできない、また努力が続かないという人は、
ひょっとしたら意義を見いだせていないのかもしれません。
あのトーマス・エジソンは、発明することの意義を誰よりも強く感じたからこそ、鉄の玉をいつも持ち歩いていたのでしょう。
眠気に襲われると手に持っている鉄の玉が床に落ちて、その音で目を覚ましていたのです。そこまでの努力ができたのは、きっと何か意義あることの気づきがあったからなのでしょう。
■トーマス・エジソンの言葉…
「私の一生涯、一日の仕事も持ったことがない。すべてが慰み(なぐさみ)であった」
慰みとは…
気晴らし、もてあそぶこと。
