某所にコメントで書き込もうとしたらまたバグか何かで書き込まなかったので、いっそのことこちらで考察(?)付きで載せてみようかと。


最近ガードレールやら国道ステッカーやら異形矢印やら節操ない感じのブログになってきましたが、お付き合いください😅




謎で疑惑の丸金4。


左ハ なるさわ
       道
右ハ やま


この「やま道」がどこにあるのか。そもそもこれは正しい「鳴沢道」の上にあるのか。


先日シェアした山梨県立富士山世界遺産センター研究紀要 第4集」(http://www.fujisan-whc.jp/archive/documents/whfujisan_no4.pdf)内の「旧河口湖町域を行き交う富士参詣の道」という論文内にある「大嵐村外六ヶ村絵図」で考察されている「鳴沢道」と「やま道」の位置が意味わからんすぎる!!!




そもそも鳴沢道の起点?終点?はどこなのか。
一つは丸金2かもしれないけど、そこからそもそもどこまで続いているのか。
東海自然歩道と合流して終わりだと思っていたけれど、それ以降もどこかで続いているのか。

個人的には鳴沢村を越えて船津のほうまで繋がっていたとは思えないのだけど…





これは写しになってしまうけど、この「大嵐村外六ヶ村絵図」というのを実際に直接見てみたいなぁ。。


南北が逆なのでひっくり返してみる。


 



疑問点がいくつか。

・「鳴沢道」と続いている「吉田道」というのは別物なのか。鳴沢道→吉田道→鳴沢道、と途中で名前が変わるのか?

・この地図の北側は河口湖なので、こんなところにまでそもそも鳴沢道が続いているのか?
(鳴沢村の位置はもっと東。)

・この絵図上の「山道」と「船津口登山道」は別物なのか。

・右下の黒い筋は何???


やっぱり実際にこの絵図は直接見てみたい。

あと実際にあったという道標。
そこに「丸金」は彫られているのか…





とりあえず山梨に行かないとわからないことだらけです。
少なくとも世界遺産センターは行ってみないと。。
資料も閲覧できるようなので、見たい資料をまとめて行かれれば近いうちに行ってみたいと思っています。