少し前になってしまいましたが、今年も行ってきました内視鏡検査


今年は大腸もセットだったので、初の鎮静あり胃カメラ…!

前回の大腸検査は3年前で、その時あまり鎮静が効かずに

これいつ眠くなるんだろう??のままに終了までいった私としては、

なんなら中途半端な鎮静で逆に胃カメラが丸腰よりもしんどかったら

どうしてくれようとすら心配して挑んだわけですが


結果からいうと、杞憂でございました

なぜか今回は効きました

先生に、前回の大腸は全部覚えてたんですが…って言ったから

多めに(?)薬盛られたんかしら


鎮静剤って効くとこうなるんだ!!!!!

という驚きの体験でした


胃カメラ→大腸カメラの順に、一旦点滴を途中で替える(?)と

言われて、胃カメラ用マウスピースを咥えさせられベッドを移動しながら

「では、点滴始めまーす」を聞いた瞬間に記憶一瞬途切れる


マジで、コンセントをブチッと抜いたような感じ

全く眠くなかったのに、ハッと目が覚めたことで寝ていたことに気づく

ここで、「あっ胃はもう終わったんですか??」と質問した気がする…

薬のせいか、夢の中の自分が喋ってる感覚に近かったです

「胃は終わりました〜」を聞いた瞬間に記憶途切れる(デジャブ)


「全部終わりました移動します〜」とベッドを移動されながら意識戻る

もう結構この時点で頭はハッキリしていました

「今回は鎮静剤めっちゃ効きました!!私、途中でなんか言いましたね?」

「胃はもう終わったんですかって言ってました」

やっぱり夢ではなく実際に言ってたようでしたが、これではおかしなことを

口走っていたとしてもわからないなとゾッとしました 笑


点滴始めます、から最後の移動まで体感2秒くらいでした


検査の結果は、胃大腸共に特に異常なし

前回は大腸に小さいポリープが一つあったので3年後の今年になっていましたが、

今回は何もなく観察のみだったので5年後でいいと言われました やったー!

ポリープ切除の後は食事もなんだかんだ気を使ってビクビクしながらだったので、

それがないだけでも負担なくて今回はよかったです


胃は、粘膜下腫瘍なるものが経過観察の対象なのですが、

この3年間で何も変化していないので次はなんなら2年後でもいいよと

言われたくらいでしたが、私は心配性なので1年後がいいですーーー!!!

と鼻息荒く訴えて先生も苦笑いでした

普通、2年でいいって言われたらそっちの方がいいんでしょうね

いやぁ、大腸みたいに何もないならそうだけど、経過を見ないといけないものが

存在している以上、注意してし過ぎることはないだろうと思っちゃうタチです


胃カメラ苦手な人には、確かに鎮静ありがおすすめだなと思いました

何一つ記憶にないまま終わってましたので…

まぁでも、考えようによってはあの間に何かあっても私は一切わからないんだな

というのは別の意味では恐怖とも言えますが


ひとまず私は、5年後の大腸セットまではまた通常通りの経口鎮静なし胃カメラの

技術(受ける方)を磨こうと思います 笑


2026年の内視鏡検査の記録でございました



お久しぶりでございます


今朝は、趣味の(?)胃カメラを受けてきました


年1で人間ドックに行くのですが、バリウム検査があまり好きでなく、

健診センターでそちらをパスする代わりに個人的にかかりつけで胃カメラを

することにしたらよほど気が楽になりました


ちょうど去年、このままな限りは治療は必要ないけれども今後も

変化しないか定期的に経過観察が必要な項目が出来てしまい、

好むと好まざるとに関わらず年1でのカメラが今後も続くことが決定…


ちなみにこれで胃カメラ通算5回目となる本日ですが、全て経口鎮静なしです


結構えーって言われるので、やっぱり普通は経口なら鎮静はセットなのかな


人生初の胃カメラは10年ほど前だったのですが、当時授乳中だったので

鎮静剤使用の選択肢がそもそもなく、経鼻でするつもりで準備してもらったら

練習用のチューブみたいなものが鼻を通らず(形状や鼻炎持ちでたまにそういう人

いるらしいです)、「あっ、鼻ダメだからじゃあ口からね〜」と言われて

もはや選択肢もなく覚悟もないまま検査はスタートしてしまいまして


ネットでチラ見した事前調査では「胃カメラはもう二度とやりたくない」

「涙と鼻水と涎で死ぬかと思った」とかいう世にも恐ろしいコメントが溢れていたので

お産と同じでもはや開き直って怖いもの見たさもあったのですが、いざ終わってみると

みんな大げさなのか…?それとも私の受けた先生がまさかのゴッドハンドだったのか…?

確かに何回かオェッとはしたけども…と思うようなやや拍子抜けな初胃カメラ体験でした


おかげで、胃カメラ=経口+鎮静なし が私の中でのスタンダードと化してしまいました


鎮静なしのいいところは、なんといっても自分の運転で行けて、検査が終わったら

待機の必要もなくこれまた運転で帰ってこれるという手軽さ


喉の液体麻酔はしているので、1時間は飲食できないですが、まぁそれくらいは仕方なし

上原さくらは、直後に食事したいからこの喉の麻酔もしないんだというのを読みまして、

それは流石にびっくりです

上には上がいるものですね、何事にも


その後、夫がバリウム検査で要精密検査(胃カメラ)になったことがあり、

ゴッドハンドのところに行かせたのですが、帰ってきて開口一番「二度とやりたくない」

だったのでやっぱり世間の大多数にとっては胃カメラは苦行みたいですね


最初の胃カメラが上手にいったので、ぜひずっとそこに通おうと思って次の機会に

いったら前の先生は引退しており、初めましての先生になっていました

ゲッ、あのゴッドハンドじゃなかったら地獄になってしまうのでは⁈と思ったのですが、

ゴッドハンドよりかはしんどいポイントもありましたが、鎮静なしを後悔するほどでは

なかったので、いよいよこれは受ける側の力量(?)なのだなと


経口で申し込むと看護師さんに「鎮静はなくて大丈夫ですか??」と

聞かれるのですが、「運転で帰りたいので」というと「そうですか〜、

すごいですね(?)」と一瞬心配されます


ある年も、同じ流れで検査が始まり、終わった時に看護師さんに

「胃カメラ受けるの上手ですねーーーー!!!」と言われて

やっぱり普通に鎮静なしで受けたらみんなもっと地獄絵図なんだな、

私平気なほうの人でなんてラッキーと思い知りました


もちろん、好きかと聞かれたら好きではないです

他の人よりはマシだとしても、まぁまぁ苦しいは苦しいですし

やっぱりカメラ挿入時と最後、カメラを引き抜くときは

めちゃくちゃ不快で連続でオエッとなります流石に私も


でも、まぁ検査自体は5分やそこらだし、間でずっとオェオェしてるわけでは

ないのでこれくらいは許容範囲です


今日は、「これ大道芸の剣を飲み込む人は得意なのかな」とか、

「マウスピースしっかり目に噛んで喉を広げる方がオェってならないかも」

とか考えているうちに「そろそろ終わりになりま〜す」と言われて

え、もう⁈と思ったくらいだったので、やはり今後も鎮静なしでいけそうです


逆に、鎮静したらもっと本当に何の苦痛もないんでしょうかね


ただ、何しろそのたったの数分の快適さのためにタクシーで往復したり

リカバリーでの待機があったりとか、そちらの方がやっぱり私には負担です


鎮静もあんまり効かない人がいるらしいんですが、大腸カメラの時には

有無を言わさず鎮静ありを体験しまして、「気づいたら終わってました」とか

「本当に検査したんですか??」っていう人もいますと聞いていたのに、

これいつ意識を失うんだろう…って思っているまま最後までいった私としては、

もしかしたら鎮静がそんなに効かない体質なのかもという懸念があり、

それならますます私にとっては胃カメラは鎮静のメリットがないなと思いました


ということで、もうこれは履歴書の特技の欄に胃カメラ(受ける方)と

書いてもいいんじゃないでしょうか


とりあえず今年も特に異常や変化はなしで安心いたしました


また1年後に受ける予定ですが、特技だったとしても好きではないので

早くも憂鬱です 笑





またまた間が空いてしまいました…

続けるというのは、本当に難しいものですね

 

記録していた過去日記の抜粋は、ひとますそんなところです

残りはまた思い出したことがあれば、その都度書き足したいと思います

 

順番が前後してしまいますが、そもそもなぜ我々が2年間を

アデレードで過ごすことになったかの経緯を書き留めて、

この過去日記をしめくくることにします

 

高校2年の時、私はオーストラリア留学に向けて準備を

していました

 

オリエンテーションも受けて、あとは行くばかりとなった頃、

そのタイミングで出発することに迷いが出てしまいました

 

1年間の留学を経ると当然、今いる友達とは学年が変わり、

みんなの卒業を見送って1年遅れの高校生活を過ごします

 

もちろんそれを承知で始めた計画でしたし、それでも

行きたい思いが勝っていたわけなのですが…

 

自分でも上手く説明できないのですが、どうしてもどうしても

だめだ、今はそのタイミングじゃない、やっぱり行けない、

と揺れ始め、結局高校留学は白紙に戻ったのでした

 

私自身も、最後まで悩み、オリエンテーションで出会った仲間や

サポート係にも、たくさん相談しました

 

あの時に計画通りに渡豪していたら、同級生だった夫とは

結婚することもなかったでしょう

 

そう思うと、縁とは不思議なものですね

 

ともかく、そんな人生の一場面があったことで、

長い間私の中にいつかは海外へ、という思いは消えることなく

静かに温められ続けたまま、気づけば大人になり、母になっていました

 

アデレード留学が決まった時のSNSへの投稿では、

私はこんなふうに綴っています

 

『まぁ、なんでもよかったんだ、正直。 
とにかく子供がまだ小さいうちに、 
少しまとまって海外生活してみたかっただけなの。 

旅行じゃなくて、生活。 

しかしそれにはVISAが必要で、 
だから、たとえば旦那が海外勤務になるとか、 
MBA留学するとか、そういうのでも何でもよかったのだが、 
仕事がらみだと行き先とか期間とかも自分では決められないし、 
何しろまた土壇場で先方の事情に振り回されて(前科あり)、 
結局いけなくなる恐れアリ。 

MBA留学は、学費が高いばかりで(会社が出すらしいけど) 
つまんない勉強したくないとか生意気言うし。 

子連れというのもあって、 
行くならオーストラリアだと決めていた私。 

でも、もはやワーホリはダメだし(年齢も家族構成も) 
いまさら語学留学は・・・しかも2年なんてないし、 
かといって大学?大学院??ハードルが・・・ 
あ、オーストラリアといえばテイフがあった! 

ちょうど2年間のコース!いいじゃん! 
チャイルドケアなら今の自分、これからの自分につながる。 

留学という15年越しの夢をかなえたい私と 
堂々と専業主夫になってみたかった旦那と 
まさに利害が一致した次第なのです。 
(1人が学生VISA取れれば、家族全員いけるので) 

テイフに出願するためには、 
IELTSという、いわばTOEFLのイギリスとか 
オーストラリア版で必要スコアを提出せねばならぬ。 

ということで、6月にテストを受けるために、 
実は4月から1ヶ月半くらい、ない時間をふりしぼって 
勉強しておったのですよ。 

次男は当時、生後4ヶ月。 

夜中に何度も授乳で起きながら、 
でも朝しか1人になれなくて5時半とかに起きたりして。 
(それでも6時過ぎに長女が起きてきて台無しになったり!) 

そんな涙ぐましい努力の結果、無事にスコア一発獲得。 
めでたく出願して、オファーレターという内定通知書をもらい、 
いよいよ学費納入しようかな、という段階にいます、今。 

ここまで3人、2歳ちょっとずつの間をあけながら産んできた。 
4人目も同じくらいの年齢差で産みたい私と、 
(ハイそこ、まだ産むんかとか言わない) 
海外生活という夢を実現したい私と、かなり葛藤だった。 

でも、われら夫婦31歳。 

考えてみた。 

子供ら、5歳、3歳、0歳。 
帰国するとき、34歳。 
産みたい気持ちがあるなら、それからでも遅くない。 

でも留学は? 

いま行かなかったら、きっともう行かない。 
行けない。 

腹は決まった。』
 

 

いやー42歳の今の私からすると、31歳ってこんなにも

元気だったんだなと驚いてしまいます

 

とてもじゃないけれど、もうできないと思ってしまう

年齢も重ねて、体調も不安定なことが増え、

それでなくともHSP気質で不安障害持ちの私としては…

 

話がそれましたが…

 

こんなふうにして、私たちはアデレードに向かったのです

 

 

✳︎2013年


当時の夕方のニュースで、少しですが

テニスクラブが紹介されました。


1号も小さくて、今の4号みたいに見える笑


Peak Performance Tennis - Adelaide - with Jane Reilly from Channel TenChannel Ten's Jane Reilly with the kids from Peak Performance Tennis.(All footage belongs to Channel Ten)リンクyoutu.be


放送ではあっという間ですが、

撮影自体は丸々1日かかっています。


アデレード 生活もゴールが見えた頃

でしたので、帰る前の良い思い出になりました。


オージーアクセントも懐かしいです〜。



*2013年5月4日

 

9週間後の帰国を前に、備品処分開始。

 

そこで並べてみました、リビングの床に・・・、

黄色い紙!!

 

 

何ですかこれは。

 

学校の課題の表紙にくっつける、レポートの

詳細をあらわすものです。

ポストのような差込口にストンと入れると、

オフィス側に落っこちて、提出完了です。

 

図書館の時間外返却ボックスみたいなかんじ?

オフィスで受け取られた日付をスタンプされるので、

これで提出期日を守ったかどうか一目瞭然です。

 

私のチャイルドケアのコースは、80週で卒業です。

アデレードは、10週行って2週間ホリデー。

なので、こちらに来て2年ちょっとが過ぎた現在、

71週目まで終わったところです。

 

今までの課題を数えたら、84本ありました。

イエローシートをつけずに出したものもあったので、

週に1つ以上は課題提出していたことになります。

もちろん、今週は何もなし!というところもあれば、

3日連続で提出日、みたいな週もありましたが。

 

2年間で、大学時代の4年間より、たくさん課題提出しました。

 

たかが課題、されど課題。

紙そのものはなくなっても、私の頭と心の中に残るモノ。

写真を撮って感慨にふけって、私の汗と涙の結晶たちは

リサイクルビンの中へと旅立っていきました。

 

海外留学生を名乗るのも、あと9週間。

最終日、私は何を思うのでしょうか。