早朝ランニング
朝5時に目が覚めたのでランニングに出かけました。
小雨が降っていましたが、朝走るのは気持ちがいいものです。
膝が痛いことと朝のランニングが始めてなので軽めに走りました。
夜とは風景が違います。スズメが路面を歩いていたり、猫がうろついてたり。
それにしても膝が痛いです。オーバーワークだったということでしょうか?
走りながら、これはオーバーワークかも知れないと思ったことがありましたが、
それは「疲れていて走るのをやめる理由を探しているだけじゃないか?」と自問自答して走り続けました。
結果、膝痛いです(^_^;)
うまくセーブしつつ、ランニングを積み重ねていこうと思います。
睡眠の質を向上させたい
今の僕の楽しみは、夕食を食べることと、寝ることです。最近、睡眠の重要性は脳科学などでも注目されており、僕も昔から気になっていました。マットレスと枕が重要だと思いますが、枕はもう買ったので、後はマットレスだけです。
買うかどうか少し迷ってますが、買うとしたら奮発したいです(*^▽^*)
自分の生活の悪いことのリスト化
今日は少し疲れたので寝ながら勉強しました。当然ですが、1時間くらい寝てしまいました。(´д`lll)
朝起きる方法は発見しました。それは、目覚まし(と言っても現在はまだ携帯電話ですが)の近くに受験する資格の教材と、『自助論』を置くことです。今後は、もう寝ながらの勉強は寝る前以外は禁止です!!!
こうして自分の悪い部分を少しづつでも直していければと思いました。そのためには、部屋に紙を貼ったり、報酬制度などを設けて仕組み化していく必要があるようです。
しかし、『自助論』には以外な形で役に立ってもらってます(‐^▽^‐)もちろん中身も一級品です!!
5月9日ランニング
今日もランニングしました。
東京に戻ってから雨が続き、小雨の中を走っていたのですが、今日は晴れです。
まだまだ基礎的な筋肉もなく、すぐに息があがりますが、じっくりと走ることが出来ました。
それにしてもランニングひとつするのも、いろいろとお金がかかります。日本は豊かな国ではありますが、他の国ならもっとお金をかけずに走り始めることが出来るんじゃないかと思います。
しかし、ランニングシューズは素晴らしいです。僕はアシックスのシューズを履いてますが、この靴じゃなかったら、とっくに膝を痛めていただろうし、もっと短い距離で立ち止まるだろうと思います。
ま、どちらにしても何度も走るのを止めて歩きたくなりますが。
家に戻ってフルーツを食べ、ヨーグルトか牛乳を飲んで眠ります。
今日はソフトボールくらいの柑橘系で甘さは控えめ、水分が多い果物を食べました。
とにかくジューシー(^-^)
フルーツっていろんな種類があってよく分かりません。しかも当たりハズレがある。
でも走って帰ってきて、ポテチを食べようとは思わないですし、体にもいいフルーツは最高です。
あとはカーテンを少し開けておいて、朝日が入るようにしてベッドに入ります。
なんだかんだ言って無駄な時間
眼科に行って、床屋に行ってこんな時間です。原因としては、今日起きる時間が遅かったことと、昨日の夜はだらだらと過ごしていたことでしょう。今から勉強頑張ります(→o←)ゞ
余談ですが、起きれない原因に目覚ましで起きてもまた寝てしまうことが考えられます。色々試行錯誤して解決したいと思います。
普通に当然の如く金縛りになりました
昨日の夜、金縛りになりました。
夢か現実か区別がつかないような感じでしたが、確かに自宅のベッドに仰向けで寝てました。
そして体がまったく動きません。ものすごく力をいれても手すら上がらない。
声を出そうとしましたが、まったく出ない。全力でバカみたいに叫ぼうとしてました。
そうしているうちにフゥーっと風がおでこに、、。
意外と冷静にどこかで霊的なものを持ってきてしまったと考えていました。
それからどれくらい時間が経ったのか、寝返りを打つことに成功し、朝を迎えました。
すこし怖くなって、金縛りについてネットで調べました。
そこには100パーセントの答えが書いてありました。
そもそも金縛りとは浅い眠りの時に脳は起きていて意識があるが、体は眠っている状態。
原因としては、ストレス、不安などの他に、「急に有酸素運動をし始めた場合」が考えられる。
最近、ジョギングを始めた僕です。
普通に当然の如く金縛りになったんだなぁ、と思いました。
費用対効果とタイムイズマネー
社会人1年目ですが、超忙しいです。これだけ忙しいと、勉強や読書ですら方向性を間違えれば無駄な時間だと感じます。この多忙な日々はいつまで続くのか・・・。勝間氏が述べていたことに、このようなオーバーワークは長くて3年くらいが限界だとか。「業務の勉強、資格の勉強、運動」しばらくはこのシンプルな生活が続きそうです(^_^;)
海辺のカフカ
なぜか海辺のカフカを読んでます。
この本を読むことは別に特別でも不思議なことではないです、当然。
しかし自分としては何故いま読もうと思ったのか説明ができません。
この本は新刊のときに一度読みました。その後、文庫でも上巻だけ購入しましたが読むことはなく、一時期は猫の遊び道具になったりして、汚れもあり、あまり大事にされず部屋においてありました。
しかし、いまこのタイミングで読み返す理由が個人的にないはずです。
楽しむためだけなら他に読んだことのない興味のある本は山ほどあります。
なぜ僕はいまこの本を勢いよく読んでるのでしょう?
いま現在上巻を読み終えたとこですが、いまのところ僕の気を引いた箇所はアイロニーについての部分です。
ギリシャ悲劇の世界観。人が運命を選ぶのではなく、運命が人を選ぶ。
そしてその悲劇性は、
「欠点よりも美質によって大きな悲劇に引きずり込まれていく」
「オイディプス王」を例に彼の怠惰とか愚鈍さによってではなく、勇敢さと正直さによってまさに彼の悲劇はもたらされる。
僕がいまこの本を読む理由はきっと娯楽的なものではなく、何かを求めて読んでいるように思います。
はっきりとは分からないですが、いま必要なことだと感じました。
グレート・ギャツビー
村上春樹訳のグレート・ギャツビー読みました。
初めてグレート・ギャツビーを読んだのは高校生の頃だったと思います。
その後、大学でグレート・ギャツビーが大好きな教授の影響で読み返し、それ以来自分にとって特別な位置を占めてきた小説です。
そのグレート・ギャツビーを村上春樹が訳したということで、またまた読み返すことになりました。
ストーリーは若い頃に愛したあったデイジーを一途に求め、金持ちになったギャツビーが他の男と結婚したデイジーの住む街に現れる。ギャツビーは、夜な夜なパーティーを開いてデイジーの訪問を待ち、デイジーが現れると彼の理想であるデイジーをもう一度手にいれようと行動する。その後、物語は悲劇的結末へと向かう。
はかない物語だと思います。
ギャツビーの理想は過去の中にあるように思います。つまり、かつてのデイジー。かつての愛。
男は比較的そういう幻想を持つことが多い気がします。
そういった幻想を現実にしようとすれば、当然ズレが生じるので悲劇的な結末、あるいは失望に辿り着くことは当然かも知れません。
何はともあれギャツビーは純粋にデイジーを想い、そのために人生を捧げます。
哀しくはかない恋ではありますが、そこに魅力を感じないでもないです。
yosk

