『思秋期』(Tyrannosaur)
「甘え」の幻想は元からなく、
独立した個として生きる事が
社会の一員の属性として求められる国イギリス。
外見や属する社会階層は全く違う二人の男。
かたやブルーカラーに属し、冠婚葬祭の時以外スーツを着ることは無く、
酔うと前後の見境が無くなり、家族の一員である愛犬を
蹴り殺してしまうような無頼の男。
かたや外見は典型的ホワイトカラーで、いつもスーツにネクタイを着用し、
外面は良いが、実は嫉妬深く、妻を自分の欲望の対象としか
考えていない精神的に未熟な男。
外見は粗野であるが、人の痛みを知っている男ジョゼフと、
外見は紳士であるが、自分の欲望をコントロールできない夫
ジェームズの二人の男の本質を知る敬虔なキリスト教信者であり、
リサイクルショップの店主ハンナ。
慈愛に満ちたハンナの笑顔は、自己嫌悪、自己憐憫に支配された
ジョゼフの心の拠り所であり、ハンナの店に立ち寄ることでジョゼフは
哀しみが癒されていくが、それとは逆にハンナの人生は過酷な方向に
展開にしていく。
恐竜ティラノザウルスを意味する「Tyrannosaur」を原題とし、
俳優パディ・コンシダインが脚本・監督を務めて2011年に
制作した上映時間98分の本作は、”最低“の人間たちを
”最低”に描き、人生に躓いた人々の傷ついた心を過不足なく
映像化する。
「キャサリン・カーの終わりなき旅」(The Fate of Katherine Carr)
僅か8歳で他者に幼い命を奪われた少年、
他者から理不尽な暴行を受けて、人生が激変し
ある日突然消息を絶った女性、
早老症を発症し、志半ばで命を奪われる少女。
世界各地の未解決失踪事件の後を追っていた
元旅行作家で、現在は地元新聞の埋草記事を執筆し
糊口を凌いでいるジョージ・ゲイツが、息子テディの死への
自責の念、そして理不尽な人生を余儀なくされた人々への思いを、
20年前に失踪したキャサリン・カーの人生、そして
早老症の少女アリスの人生とダブらせて物語った
トマス・H・クックの2009年の作品
「キャサリン・カーの終わりなき旅」
主題の性格上、陰鬱なイメージのリフレイン、内省的考察が多用された
本作は、途中で投げだしたくなるほど、暗闇を手探りで進む物語であったが、
結末は、これまでの重い想いをすべてひっくり返すような
心うたれるラストが準備されていた。
神の人間に対する「愛」を意味するアガペー。
崇高な無償の愛を意味するアガペーとは一見無縁の世界。
悲しみと苦しみ、
憐憫と喪失感、
そして背負っていた重荷からの解放。
不条理の蜘蛛の巣にからめとられ、
不当に命を奪われた人々のために
トマス・H・クックはどのような癒しの心を
演繹していくのか。


