おはこんばんちは。
三ヶ月前に「精神的ぶつかりおじさん」な弟の事を書いたけど、時間が経って思うこと。
実は「精神的ぶつかりおじさん=弟」 は寂しかったのかもしれないということ。
と言うのも、
弟が実の家族より嫁子供を優先した(まぁしゃーねーんじゃろな)ことや、
父母に断りもなく工事を進めた上に工事費を父に丸投げして、後々まで遺恨を遺していたことや、
私が強制終了で鬱の時にわざわざ塩を擦り込むような言動をしたことや、
嫁さんの宗教に入ったこと(まぁしゃーねーんじゃろな)や、
母に「(弟) えっほえっほ(咳) 教会行かんか?」と誘っていたことや、
毎年の大晦日には自分の子へのお年玉を両親に回収に来ていたこと、、、
そんなこんなで
私の中で 弟(だった人)は
「ただの他人」
「ただ子供時代に同居していただけの人」
「他所ののおっさん」
という位置になっていた。
なので母が亡くなった時の私から弟への言葉は身内向けではなく、他人行儀になっていたと思われる。
で、寂しん坊になった弟(私にしてみたら他所のオジサン)は言動が『ぶつかりおじさん化』したのではないか、
と ふと 思いましたとさ。
まぁあの人には全く親しみを感じなくなったので
しゃーない。